「うえの」2018年4月号掲載
 
めでたい花まつり
 

お釈迦さまの誕生を祝うお祭りは、アジアだけでなく世界各地で行なわれている。灌仏会(かんぶつえ)とか降誕会(ごうたんえ)、また明治以降は「花まつり」という呼称も使われるようになった。その誕生を祝福し、九頭の龍が現れて産湯のための甘露の雨を降らせたという伝説から、日本では花御堂(はなみどう)に祀った誕生仏に甘茶をかける法会が一般的である。

旧暦四月八日が誕生日だという説に基づき、日本では新暦の四月八日、あるいは月遅れの五月八日に行なう地域が多い。別な日に行なう国も多いが、おそらく日本同様、その国のいちばん愛でたい季節に祝おうとしたのではないだろうか。

この国の「めでたい」という言葉は、もともと「芽出たい」つまり芽が出ようとしていることを表した。漢方ではお彼岸頃に植物も人間も体が開くというが、なるほどそう思えるほど、その頃にはあらゆる植物の芽が噴き出してくる。「芽出たい」は自然現象だし、この場合の「たい」は自発の助動詞だが、それを見た人々は、とにかく嬉しくなって「愛でたい」と思ったのだろう。「たい」は自発から願望を意味する助動詞に変わり、「愛でたい」と思う対象も無限に広がった。

長い冬のあいだ春を待っていると、春の気配に敏感になる。いや、日本人は正月から「頌春」と言い、節分にも春だと喜ぶ。梅の蕾が膨らみ、フキノトウが膨らむことも、春の兆しだから嬉しいのである。冬のうちから微かな春を見つけては騒いでいるのだから、お彼岸ともなれば福寿草も水仙も咲いて相当めでたいはずである。

しかし東北では、お彼岸にはまだ油断できない。雪がどっさり降ってお墓参りができないこともあるし、毎年「暑さ寒さも彼岸まで」という諺は正しい、と実感するのだ。

だからこそ、木や竹を削って作る人工の「彼岸花」を作る人々が各地にいる。流通の進歩していなかった時代、それは生花の充分揃わない東北地方では墓参のための必需品だったのである。

檀家さんのH氏は昔からトネリコの木を彫って一木彫の彼岸花を作っている。熟練の技が一本の幹から鑿で無数の花弁を彫り出す。色を塗らないほうがむしろ芸術的なのだが、「やっぱりこのほうが気軽に使ってもらえる」と言って、彼の奥さんがピンクと黄色に花弁を塗り、紙製の葉は緑色に染める。

毎年うちの寺ではそのH氏夫妻が作る彼岸花を百二十本ほど買うのだが、震災から三年ほど経った頃、彼が困った顔でやってきた。少し遅くなるがなんとかお彼岸に間に合わせる、と言うのだが、体調でも悪いのかと思ったらそうではない。除染でトネリコの木が伐られてしまい、遠くまで行かないと材料が確保できないというのだ。トネリコは山の奥ではなく周縁部に生える。だから目を付けていた木の多くが、除染で無造作に伐られてしまったというのである。

そんなことがあっても七十代半ばのH氏はめげなかった。「ちょっと遠くまで行けば、あっから」と言って笑い、今年も数百本の花を制作中である。一冬をそんな作業に捧げてきたH氏にとっては、お彼岸の到来はまた格別に愛でたいのではないだろうか。

お彼岸が済むと、いよいよ南のほうから桃や桜の開花の便りが届きはじめる。そのまえに辛夷(こぶし)が咲き、山茱萸(さんしゅゆ)が咲き、数え上げればキリがないが、四月ともなればこの国では九割の花が咲くと言われる。

もう「愛でたさ」も「目出度さ」も絶頂である。そんな季節を卒業や入学の時と決めて祝い、お釈迦さまの誕生も祝ってしまおうというのは、ごく自然な気分ではないだろうか。桜が咲きだす頃にはもう体から芽が出るのではないかと思うほど愛でたいのである。

私が住む三春町の花まつりは、しかしそれから更にヒト月近く経った五月五日に行なわれる。それは春が遅いからではなく、たぶん桜に目を奪われすぎるせいだ。この町には天然記念物の滝桜のほかに、一万数千本の桜がある。それがほぼ一斉に咲くのだから、お釈迦さまどころじゃないだろう。一年のうちでこの時期ばかりは観光客が押し寄せ、その期間はいつのまにか既に非日常の祭なのである。

桜が散って祭が終わり、山々が新緑で本格的に芽出たくなった頃、里では大音量で仏教聖歌が流れ、それにつれて行列が動きだす。主人公は白い象の背に乗った花御堂の誕生仏のはずだが、人々の目はそんなところへは向かわない。きらびやかな衣装を着けたお稚児さんたちが象の後ろに続き、旗持ちの子どもたちも元気に歩いてくる。何のことはない、お釈迦さまの誕生にかこつけて、人々は新しい命の「芽出たさ」を愛でているのである。今年は何人稚児さんが集まるのか、それが震災前にも後にも変わらない最大の関心なのだ。出家を勧め、禁欲を命じたお釈迦さまは、その日は精彩がない。


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