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| 発売日 |
号 数 |
連載回数/タイトル |
| ・2月1日 |
・3月号 |
[第18回]目と歯とを保つ法 |
| ・1月1日 |
・2月号 |
[第17回]頭寒足熱(ずかんそくねつ) |
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| 発売日 |
号 数 |
連載回数/タイトル |
| ・12月1日 |
・1月号 |
[第16回]手による自愛 |
| ・11月1日 |
・12月号 |
[第15回]首から上の、宜しきこと |
| ・10月1日 |
・11月号 |
[第14回]唾と痰の扱い |
| ・9月1日 |
・10月号 |
[第13回]山中の氣 |
| ・8月1日 |
・9月号 |
[第12回]「嗇(しょく)」たるべし |
| ・7月1日 |
・8月号 |
[第11回]詠歌と舞踏と下品な素振(すぶ)り |
| ・6月1日 |
・7月号 |
[第10回]雷と正坐 |
| ・5月1日 |
・6月号 |
[第9回]私の呼吸法 |
| ・4月1日 |
・5月号 |
[第8回]氣と息 |
| ・3月1日 |
・4月号 |
[第7回]呼吸と丹田 |
| ・2月1日 |
・3月号 |
[第6回]昼寝の功罪 |
| ・1月1日 |
・2月号 |
[第5回]「重くなった」睡眠法 |
| ・12月1日 |
・1月号 |
[第4回]短く深い、上質なねぶり |
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| 発売日 |
号 数 |
連載回数/タイトル |
| ・11月1日 |
・12月号 |
[第3回]身は心のやっこなり |
| ・10月1日 |
・11月号 |
[第2回]内慾を去って天年を保つ |
| ・9月1日 |
・10月号 |
[第1回]お大切 |
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| 【内 容】 |
女性の生き方、心のあり方を考える中高年の主婦向けの雑誌です。
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第1回 お大切 |
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連日のように、“いのち”がないがしろにされたニュースが届きます。
さまざまな要因から、「生きづらさ」が指摘される私たちの国で、必要なのは、どんなことでしょうか?その答えの一つが、他人やこの世のすべての、そして自分自身の“いのち”を大切にする意識をもつことだと思います。作家で僧侶としても活躍中の玄侑宗久さんに、“いのち”を養生することについて綴っていただきます。 |
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年間の自殺者数が、十年間連続で三万人を超えた。
地震も怖い。餓死する人々も世界では年間二万人を超えている。しかしもっと怖いのは、自らのいのちを大切に保とうと思わない人々の増加である。
いのちがなぜ大切なのか、それは難しい問題である。おそらく合理的な答えはないだろう。というより、合理的な考えには必ず反論がありえるから、大切じゃないと思う人もその結論を合理的に導いたということを忘れてはいけない。
合理性などというのは、そのくらい恣意的で半端なものなのである。
ならばいのちが大切だと感じる人には、どういう根拠があるのか、というと、まずおそらくは幼い頃に、大切にされた体験があることだろう。無条件に抱き、微笑(ほほえ)み、食べ物を与えてくれた親たちの存在が大きいはずである。
しかし最近は、不幸なことに、この体験を欠く人々がいる。いのちが大切であることは、今や自明のことではないのだ。
なんとなく大切にされたから、自分も大切にする。昔はそれでよかったのかもしれないが、今は大切にするといってもその方法さえ知らない人々がいるのである。
幼い頃に浴びせられた非道(ひど)い言葉から立ち直れず、前世にまで自分の存在根拠を求める人々もいる。本当にご苦労なことだと思う。
しかし私は、そのようなやり方ではなく、もっと現実的にいのちが大切だと感じられる方法をご提案したい。
当たり前のことだが、大切にしようと努力しつづけていると、それはすぐに大切なものになる。恋人の存在を想えばわかるだろう。恋とは、大切にする行為や思いの総称なのである。LOVEが「お大切」と訳された時代もある。
思いが離れたので、メイルも減り、電話もしなくなったと考えがちだが、実際はそうした行為が減ったから思いが離れたのではないだろうか。行為する努力そのものがじつはLOVEなのである。
それならいのちを大切に思うことも簡単なことだ。なぜ大切なのか、などと理屈を拈(ひね)ってないで、早速大切にしはじめればいい。
いのちを大切にする具体的なやり方のことを、昔から「養生」と呼ぶ。今も畳屋さんとか大工さんなどは、仕事にかかるまえに周囲の部材を痛めないよう養生したりするが、本来的ないのちの養生はあまり顧みられなくなった。
ここでは、貝原益軒の『養生訓』をはじめ、禅や道教に伝わる方法なども参考にしながら、実際のいのちの養生法を考えてみたい。
いや、考えるというより、私もできるかぎり経験的に書くつもりだから、皆さんも実際に試してみていただきたい。
僧侶としての私は、現実に人が亡くなった場合には、むろん短すぎた人生を批判したりはしない。太く短い生き方とか、善(よ)き人であるがゆえの夭折(ようせつ)など、そんな場合に使える理屈もいろいろあるから、とにかく全ての人生を肯定的に受けとめて見送るのである。
しかしまだ生きている人々にはそうは申し上げない。からだも心もその本質を知って上手に取り扱えば必ずや長保ちする。それは当然のことではないか。
益軒先生は、「五十なれば不夭と云(いい)て、わか死(じに)にあらず」とおっしゃる。私は不夭にようやく仲間入りした新参者だが、現時点での「お大切」をとにかく綴ってみたい。序論なので今回は内容らしい内容がない。川口画伯、あとは宜しく。 |
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| 画/川口澄子 |
次号に |
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