2017年1月 中日新聞・北陸中日新聞・東京新聞連載 うゐの奥山

第五十八回 古梅園の墨


先日、奈良トヨタから講演に招かれ、師走の奈良にお邪魔してきた。

社長の菊池攻氏は、毎回講演翌日に近隣の小旅行を計画してくださる。これまでにも東大寺や西大寺、信貴山や吉野の金峯山寺、あるいは壺阪寺など、滅多にお邪魔できない処にお連れいただいた。しかも通常の拝観と違い、心臓部直接、という感じも堪えられない。

今回も唐招提寺と薬師寺を廻る贅沢なコースだったのだが、その前に古梅園に立ち寄った。古梅園といえば、なんと十六世紀から墨を商う老舗である。筆を使う方なら一度はその名前を見たこともあるに違いない。案内に出てきたのは松井晶子さんという若い女性で、彼女が社長だというから驚いた。

およそ七百坪もある敷地の中央を、二本の鉄路が貫いている。平らな板を載せたトロッコのような台車で、制作途中や完成した墨を然るべき次の場所に運ぶのである。広い敷地を制作過程順にご案内いただいたのだが、墨が煤と膠と香料で作られるのは知っていたが、昔ながらの作業現場の在りようには些か度肝を抜かれた。

最初の暗い部屋では、菜種や胡麻、松などの植物油を土器に入れ、藺草(いぐさ)の髄(ずい)を編んだ燈芯を燃やして煤を取るのだが、煤が満遍なく土器に着くよう、二十分ごとに作業員の方が土器を回転させるという。無数の炎が暗室に揺らめき、男性が二人作業に当たっていたが、これは相当大変な仕事である。

また龍脳や麝香などの香料を加え、煤と膠を練り上げる現場では、私も手で握って「握り墨」を作らせていただいた。これは洗浄と乾燥が施され、完成品が後日届けられる仕組みである。

そのあと我々は、墨を乾燥させる部屋に入れていただいたのだが、これがまた凄かった。最初は湿った灰をかぶせ、急激な乾燥をむしろ防ぐ。順次乾燥した灰に変えられ、やがて藁にきれいに吊されて自然乾燥へと向かうのだが、この灰交換作業がすべて一人の熟練者に委ねられている。私は思わず若い社長に訊いた。「完全に分業ですか」「はい」「じゃあ風邪もひけませんね」「そうなんです」。以前職人さんが風邪を引いたときの、皆が大変だった様子を彼女は話した。ご紹介したことのある「レジリエンス」という観点からすれば、恐ろしくそれが低いシステムというしかない。しかし私は、呆れるほど綱渡りなこの老舗のやり方に、なんだかワケの分からない感動を覚えていた。

驚きのあまりか、案内された通路のどこかに私は名刺入れを落としたらしい。唐招提寺でも薬師寺でもそれがなくて往生したのだが、拝観を終えて奈良トヨタに着くとすでに名刺入れが極上の松煙墨と共に届けられていた。若い松井社長自ら届けてくださったというのだが、やはりシステム化できない個人の働きはいつだって感動的である。墨はもう古梅園に決めた!



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