2017年9月 中日新聞・北陸中日新聞・東京新聞連載 うゐの奥山

第六五回 お墓と「くさはら」


前回、熊本県の阿蘇の草原(そうげん)の美しさについて少しだけ触れた。じつは大雑把に草原といっても「自然草原」と「二次的草原」があり、阿蘇の草原は後者に属する。つまり自然のままに放置すればいずれ森林になってしまう場所が、定期的な採草や放牧、さらには野焼きなど人為的な営みによって草原状態に抑えられているのである。

同じ言い方をするなら、人が草引きという営為を繰り返し、草のない状態に保ってきたのがお寺や神社の境内ではないだろうか。皇居や伊勢神宮などには草むしりの奉仕団体が全国から無数に訪れる。草のない地面は、いわば日本人の勤勉さと美学に支えられ、日本の美の一部としてあちこちで保存されてきた。うちのお寺もこの地に遷って五百年以上、そんな状態が保たれてきたのだと思う。

それでも昔は、石垣には隙間を残したしコンクリートもU字溝も使わなかったから、土もなんとか呼吸ができた。しかし今では周囲を密閉され、しかも草が次々抜かれるため、土の通気通水ができなくなっている。堅くなった土には木の根も伸びられず、大雨が降ると吸収できずに表土が流される。悪循環である。

境内の桜の下枝に枯れ枝が目立つようになったのは数年前からだろうか。下枝が枯れるのは表土の問題、上のほうが枯れるのは深層土の問題である。そこで私は、このままではいけないと、今年から境内に草を生やすことにした。「境内の土を柔らかくするため草を生やしています。お見苦しいかもしれませんが、抜かないでくださいネ 山主敬白」と書いた立て札も立てた。

境内については、やがては苔一面にしようと、竹藪から杉苔を採取して少々移植した。雨が降ると胞子が拡散して苔も広がるため、今年は雨がやけに楽しみだった。そのうち土壌改良にはひげ根を張るイネ科の草が望ましいと聞き、燕麦の種も蒔いてみた。しかし無精をして一部しか土をかけなかったため、大挙して雀が押し寄せてほとんど食べられてしまった。やはり勤勉なこれまでの習慣に対抗するのに無精を以てしては話にならないのである。

さて、そんなこんなのうちにお盆が近づき、次第に各家のお墓が気になりだした。墓地の総面積は相当なものだから、山全体の通気通水のためには放っておけない問題である。

以前にも紹介した「杜の園芸」の矢野智徳(やのとものり)氏の指導を受け、じつは今回多くの墓地や周辺の土手、道などを「高刈り」にしてみた。墓掃除を年間に亘って頼まれているお宅には女房が電話で事前に許可をいただいたが、実際にはその周辺の草が伸びた墓地まで拡大して高刈りにした。鎌や草刈り機を使い、強風が吹いたらこの辺で折れるだろうという高さで刈り、刈り取った草もその場に丁寧に撒くのである。

矢野さんによれば、そういう刈り方を繰り返すうちに草の背があまり伸びなくなり、やがてはきれいな「くさはら」になって、草の影も増えるから苔も生えやすくなるらしい。

しかしこれ、檀家さんにとってはコペルニクス的転回を迫る変化に違いない。毎年お盆前に徹底的に草引きをする人々の中には、「誰がこんな中途半端なことをしてくれたか」と訝りつつ今年も見事に毟り取って行った方もいる。しかし一方で、草引きが面倒だと感じている人も多く、なかには墓地を石張りに改造しようなどと考える人もいる。更に通水を妨げるそんな改造がなされないうちに、なんとか墓地を「くさはら」にしたい。「くさはら」と訓めば草原も小規模でよさそうだ。それはおそらく阿蘇の草原(そうげん)よりも難しい試みだが、目指すのは「くさはら」に立つお墓。諦めず気長に説得を続けたい。


関連リンク
>>杜の園芸 facebook
oshrase profile yotei shinkan ichiran intervew taidan yukisetsu essey
syohyo sonota audio kobai voice kobai annai contact  
copy