2017年10月 中日新聞・北陸中日新聞・東京新聞連載 うゐの奥山

第六六回 無熱の慈しみ


北朝鮮のミサイルが止まらない。核実験も続いている。九月十五日朝のミサイルは、襟裳岬上空を通りながら三、七○○kmを飛んだ。最早明らかにグアム島も射程内である。

韓国では同じ頃、文在寅(ムン・ジェイン)大統領が地対地弾道ミサイル「玄武2」を日本海に向けて発射し、対応能力を示した。アメリカのトランプ大統領は相変わらず挑発的な脅し文句を連ね、軍事力の増強にも向かっている。日本も地対空誘導弾パトリオット(PAC3)を各地に配備し、臨戦態勢を作りつつある。

今のところはまだ「一触即発」の状態のまま、国連安全保障理事会での制裁決議が尊重され、その履行が求められている状況だが(十月十二日現在)、「圧力を強める」だけで問題が解決するとは到底思えない。北朝鮮の核開発は金日成、金正日から現在の金正恩に至るまで、いわば三代に亘る悲願なのだ。金正日は「先軍政治」を掲げ、飢饉で国民が餓死する中でも核・ミサイル開発に邁進したが、その怖ろしく無謀な精神は間違いなく今の正恩氏にも受け継がれている。

ロシアのプーチン大統領は今月に入ってからも「圧力を強めても無駄なだけ」「圧力と制裁だけでは解決できない」「緊張緩和のための外交努力が必要」などと発言しているが、まさしくそのとおりだろう。

国としての対応に私が口を出す余地はないが、ここでは学校現場での混乱に鑑み、子供たちにどう伝えるべき事態なのかを考えてみたい。

新聞によれば、十五日のミサイル発射時の各地の学校の対応はじつにさまざまだったらしい。休校にしたり、授業開始を遅らせたり、何もせず平常どおりだったり、同じ地域でもばらばらだったのである。またミサイルが飛んで来るかもしれないという場合、核弾頭の有無によってもどんな避難訓練をすべきなのかよくわからない。東京のある小学校では、児童全員に防空頭巾のようなものを被らせ、壁際に逃げる訓練をさせたようだが、どれほど役に立つのだろう。

そうした訓練によって培われるものは、身の安全を確保する技術というより、むしろ相手国への敵意ではないか。ある先生によれば、子供たちの半数ちかくが「北朝鮮なんてやっつけちゃえ」的な言葉を口にするようになったという。

是非安倍総理に伺ってみたいのだが、これは「愛国心」だろうか? おそらく答えてくださらないだろうから自分で答えるが、そう、これはいわゆる愛国心だ。もしも北朝鮮の先制攻撃で戦争が始まれば、彼らは間違いなく日の丸の小旗を振って戦勝を念じ、結果的には相手国民の空爆死をも喜ぶことになるだろう。

まず子供たちに教えるべきことは、このような「愛」はいつでも憎悪に反転し、また「正義」こそ人を悪逆非道に走らせるということだ。特に自国ファーストの風が強まった昨今では、どの国も自国への愛のために他国を踏みにじる。そして国の数だけ違った正義があり、愛と正義のために人々は戦争するのである。

『維摩経』という経典には「無熱の慈しみ」が説かれる。反転して憎しみに転じることのない菩薩の慈悲心である。人が簡単に到れる境地ではないが、まずは「慈しみ」の射程を国民から人間へ、人間から衆(しゆ)生(じよう)(生きとし生けるもの)へと拡げてみよう。衆生どうしは毎日食うか食われるかで争っているが、そこには愛も憎しみもないことに気づくだろう。人間が万物の長だというなら、誰の応援もしない「無熱の慈しみ」を以て我々自身の愚かしさを眺めるべきではないか。

無謀な力を抑えるのがより強力な力ではないことを、なんとか子供たちに伝えられないものだろうか。


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