2018年9月 中日新聞・北陸中日新聞・東京新聞連載 うゐの奥山

第七六回 壁と三和土の魅力

建築用語には古来の和語もあれば、外来の言葉もある。代表的なものとしては、「塀」や「柵」や「門」などが中国伝来の漢語。どうやら外との仕切りについての日本人の興味は、中国人に比べると些か希薄だったように思える。そういえば「垣」なども戦国時代に「石垣」が一般化するまでは、「垣根」や「生け垣」など、けっして厳重に防護しようという意識は感じられない。

一方、「壁」は本来「かへ」と表記した和語で、意味から「処重」と当て字したこともあるらしい。要は間仕切りだけでなく構造材でもあったわけだが、和語があってこの国なりに発達したのも頷ける。

もともとこの国の壁は、土、漆喰、板、石などで作られたわけだが、明治時代になるとそこに煉瓦が加わり、さらに第二次世界大戦後にはコンクリートや石膏ボードも増えてくる。

戦後の建築を見渡すと、どうも日本の風土に合った建築技術や材料をないがしろにしているような気がして仕方がない。日本の風土とは、特に湿度の高さと地震の多さである。

今回の庫裡の改修工事もいよいよ大詰めを迎え、とうとう左官屋さんの壁塗りが始まった。設計の前田伸治先生とも相談し、壁は全て漆喰か珪藻土か聚楽壁になる。

それぞれの特長を活かし、湿度が籠もりやすい場所には吸湿性の高い珪藻土を使い、「陰翳」を重視したい場所は聚楽壁にしてもらうなどしたが、多くの壁は漆喰である。漆喰は最も耐久性があり、火事や地震にも強いだけでなく、天然の消臭効果もあるという。ただどの壁も吸気性吸水性などに優れ、湿度の高い日本の気候には合った壁と言えるだろう。すぐ近くに池を抱えた寺だから尚更である。

もう一方の耐震については、建築基準法上、新築ではまだ石場立てが認められず、また昔のような木舞壁にできないのは残念だが、基本的には「揺れて戻る」木造の柔構造が活かされた木組みである。

ところで壁と同様、いやそれ以上に今回期待しているのが玄関の三和土(たたき)である。三和土とは「土、石灰、苦汁(にがり)」の三種類を合わせることから三和土と表記され、絶妙な堅さに敲(たた)き締めて作るから「たたき」と訓まれる。いわば一目で製法がわかるように付けられた名前なのだが、残念ながらこれを作り慣れている左官屋さんや庭師さんは少なくなってしまった。コンクリートでできていても「三和土」と呼ぶ時代なのだからどうしようもない。

本来の三和土は、土に混じる砂の量や粘土質の強さにも出来が左右されるから、どこの土でも通用する一定の割合があるわけではない。乾き具合も作ってみないとわからないから、とにかく試作してみるしかないのだが、そんな注文は来ないから試作の機会もないに違いない。

地下の土との間に空気と水分の行き来があり、しかも「爪痕がつかないくらい」の堅さが理想だと聞いたことがある。

以前の庫裡の三和土は色もよく、夏などはそこに立つだけで汗が引いた。しかも冬はやや暖かく、恰度内側と外側を緩衝する場所だった気がする。

それにしても壁といい三和土といい障子といい、日本の家屋にはどうしてこう遮断の発想がないのだろう。中国発の「塀」や「柵」や「門」もこの国ではわざわざ透け透けに作ったりしてきた。

最近、建築基準法の改正で、「高気密・高断熱」を建築の標準にする動きがあると聞いた。いったいどこの国の話かと耳を疑ったが、どうかそんな莫迦なことはおやめいただきたい。お願いしますよ。


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