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『慈悲をめぐる心象スケッチ』(1)

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【更新日:3月25日】 【No.3】投稿者:乾様、56才、東京都の男性

『慈悲をめぐる心象スケッチ』を読みました。
賢治については大学生の頃からずっと疑問に思っていた事があります。
「春と修羅」の序文を見ると、ほとんど「見性」しているようにも思えるし、他の作品を見ると、存在が語る奇跡を歌うようにも感じられる賢治が、自分についてはどうしてあんな「地獄」を創りだしてしまうのだろうと、疑問でした。こんなにすばらしい人が、なんでこんな目にあうのだろう、と。
けれどもだいぶ前から、「作品」を書く人間とは、やはり「自分の世界」を創りだして発達させてゆく、という形で、それが自分というものの壁を強固に(美しくはあっても)してゆく作業に没頭してゆく、ということなのかな、と思うようになりました。
少年期に死の恐怖を思ったことのある玄侑さん、自らも「作品」を書く玄侑さんが、その賢治を追ったこの本は、本当に興味深く、読んでいて「迫力」を感じました。

【更新日:3月18日】 【No.2】投稿者:小林様、44才、広島県の男性

『慈悲をめぐる心象スケッチ』を読んでいて『祈り』について考えました。
私は目が悪いので眼鏡をかけています。毎朝目を覚ますとまず眼鏡を磨いて昨日の汚れを落とそうとするのですが、綺麗に磨くというのもなかなか難しいもので、そこそこのところで諦めて眼鏡をかけることにしています。
眼鏡が汚れているためにはっきりと見えない事もあるのでしょうが、昨日と今日で視力が同じとも限らないし、見ているもの自体が変化している可能性もあります。だいいち眼鏡拭きが綺麗だったかどうかも怪しいのですが、目の悪い私がそれを確かめようとすると今度はそのこと自体に矛盾が生じると思います。
しかしそんな事には関係なく朝はやってくるので、自分の視力に合わせて作ったつもりの眼鏡をありあわせの眼鏡拭きで磨くという作業を続けています。
そうなってくると一生懸命に磨くしかやる事はなくなってくるわけで、結果として見えようが見えまいが一心不乱に祈るような気持ちで磨くことを心掛けています。
見える見えないに拘らず無心に磨いている姿を後ろから見るといかにも祈りを捧げている姿に見えない事もなく、清々しい朝の日課として今は気に入っている次第です。

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【更新日:12月20日】 【No.1】投稿者:相原様、38才、千葉県の女性

まずは、冒頭の空君のご冥福をお祈り申し上げます。
私も3年程前に、生まれてくるはずの第2子をお腹の中で死なせてしまいました。しかし、その死によって自分の病気のことを知ることができました。
これも、子供が与えてくれた慈悲のおかげと感謝しています。

さて、宮沢賢治さんについてですが、先日も「雪わたり」という絵本を寝がけに子供に読んでいたところ、途中で眠ってしまいました。今までも何度か作品を手にしたのですが、最後まで行き着いたことがありません。
この心象スケッチを思い起こして再び宮沢賢治の世界にチャレンジしてみようと思います。慈悲の心で…

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