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『まわりみち極楽論』(1)

08

【更新日:3月1日】 【No.3】投稿者:小林様、45才、広島県の男性

 『まわりみち極楽論』を読み返していて『一期一会』について考えました。
エントロピーを定義する前提として『エルゴート仮説』という概念があります。例えば、表が白で裏が黒のカードが沢山あり、それらを屋上からばら蒔いたとしたら「全てが白になるということはめったに無く、白黒半々くらいなる場合が圧倒的に多い」と言うもので、一見当たり前のような事をわざわざ前提としているのです。しかし別の説明としては「自然現象A,B,C・・・が起こるための外的条件が全く同じなら(例えばA現象の方がB現象よりもエネルギーが低いというようなことが無ければ)長い間にはAもBもCも同じ頻度で生じる」というものもあり、これらのことが私の中ではなかなかしっくりときませんでした。と言うのも前者では奇跡はめったに起きないと言っているのですが、後者は奇跡も日常も同じ確率で起きると言っているように思えたからです。特に後者は実感と乖離しているので、奇跡が起きる時のエネルギーは高いのではないかと考え、無理矢理納得してきました。そうすると実生活においてエルゴート仮説は採用出来ず、エントロピーも考えれないことになり、これもまた詰まらない結論のように思いました。
 しかし今は違います。例えば運命の出会いで微笑みかけてくれた彼女の笑顔を奇跡と思えたのに、小学生の息子に小言を言いながら弁当を詰め優しく送り出してくれる妻の笑顔は日常と思ってしまう自分に寂しさを感じるようになってきたからです。前者が奇跡であるならば後者だって奇跡のはずです。
 一瞬一瞬を大切にすることが、私にも出来るのかもしれないと、今は思えてきました

07

【更新日:7月12日】 【No.2】投稿者:匿名希望

 最近、脳が老化してきたのか、難しい言葉にはほとんどついていけない私にもこの御本はサラリと読むことができました。
 そして読み終わった後にまず一番に感じたことはこの御本全体の底流に玄侑先生の「自由でのびのびとした子どもらしさ」が流れているということでした。この雰囲気があると、こちらも読んでいて肩がこらず自由になれます。一字一句をもらさず読もうと生真面目になるのではなく、サラーッと子どもらしく感覚的に読むことができます。
 本の中に出てくる「大人というのは、無常なる心の一つの在り方としての子供性をちゃんと発揮できる。子供から大人になるというのは、別な在り方になるのではなくて、子供も含みながら拡がり深まる、ということであってほしいと思います。」というお言葉がそのとおり体現されている御本だと思いました。

【更新日:3月27日】 【No.1】投稿者:北原様、29才、東京都の女性

玄侑宗久さま
まわりみち極楽論を拝読しました。
玄侑さんの御本は、読んでいて ぷぅ と笑ってしまいたい気持ちになります。
笑ってしまいたくなるのは、自分のことです。
なんか 恥ずかしくなるんですね。そして少し可愛く思えてくるんですよね。ワタシが。まわりも。

私には坐禅があってよかったな、と最近よく思います。
はじめた頃は なんで? と聞かれると それらしいことを答えねば と思っていましたが 
そうじゃなくて ただ気持ちいいんだ なー と思いました。
皆にもいいはず と進めては断られていたけれども(断るなよな〜)
自分が楽しいんだと気づいて黙ったら「坐禅してみたい」と言う人も
でてきたりして、面白い・・・と思っています。
今は、山岡鉄舟さんが建てたお寺にテクテクと通っています。

私たちはつい 幸せを目指します。それが生きることだということを
疑ったことはなかったです。でも「安楽」という言葉は
私をとてもラクにしました。どこまで掴んだら幸せなのか
分からなくなっていたんです。おっしゃる通り!なんです。

いろは歌の訳の部分は涙がでましたよ。なぜか。

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