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『死んだらどうなるの?』の感想文(1)(2)

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【更新日:10月26日】 【No.21】投稿者:渡辺様、20才、兵庫県の男性

私はたまに寝る前に死について考え、考えるたびに恐ろしくてたまりませんでした。
死ねば完全な「無」になると思い込んでいました。

しかしあるとき、私は偶然本屋で先生の「死んだらどうなるの?」を見つけ、タイトルにひかれて購入しました。

読み終えたあと、私の死生観、人生観が変わりました。

本当にありがとうございました。

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【更新日:6月1日】 【No.20】投稿者:オールド・ブラック・ジョー様、

73才、北海道

「死んだらどうなるの?」知る分けもないが、知りたくもあり、知りたくも無し。
 ふと立ち寄った書店で、立ち読みをしたところ、巻末に「確かめないでね」とあったのでここに惚れて購入したのが本書である。在来の書と視点が異なっているのが私の気に入った。過去に「相対性理論は難しくない」と題したような解説本を読んだことがある。 本書を50ページほど読んだところで気がついたのは、これは相対性理論に基づいているのではないかなと勝手に思いこんでしまった。
 早速読書を「相対性理論を楽しむ本」へと切り替え、再度本書に戻ると出てきましたね、83ページにアインシュタインの言葉が。常に生と死も相対である思想が確立されているのに引き込まれました。今まで、技術的な仕事に従事していて親鸞の教えに共感は覚えてはいても精神論ばかりが並ぶ書籍店が多く、納得しがたい中、巡り会えたのも仏の説く縁であろう。私には充分に納得のいく本であり、楽しく明るく読める本であった。幾度も読み返して身につけ導かれようと思う。有り難う御座います。

【更新日:3月28日】 【No.19】投稿者:小林様、42才、 広島県の男性

「知性と科学の限界」のあたりを読み返していて、能力について考えていた頃の事を思い出しました。当時色々考えていた事をある友人に聞いて貰いたくなり、居酒屋でしこたま飲んだあと次のように切り出しました。
「何をどうやったとしても、所詮ひとつの切り口にすぎないように思う。たとえばここに美しい流れの河があったとする。それを見て、天才的な作曲家はすばらしい音楽を書くだろうし、偉大な画家ならば絵筆を走らすはずだ。哲学者は思索に耽り、物理学者は方程式を残すのだろう」
そう言い終えた私は得意満面の顔をしていたと思うのですが友人の答は意外にも次のようなものでした。
「それはそうかもしれないが、そこに詩(うた)を作る才能のあるひとがいて、生涯最高の詩を作り上げたとする。そしておもむろに取り出した紙にその詩をしたため、紙の舟を折りその河に還してやったとしたらどうだろう」
もの凄い事をいとも簡単そうに言ってのける友人に驚きもしたが、何も切ったことが無いくせに偉そうなことをほざいていた自分が情けなく思えました。切ることに拘っていた私に切らないことの広がりを判らせてくれた夜であり、忘れがたい酒として今もはっきりと覚えています。

【更新日:3月28日】 【No.18】投稿者:亀々様

玄侑さーん
「死んだらどうなるの?」読み終えました。
 ゴール。
死んだとおもったら、また誕生だったりして……。随所にさりげなくユーモアがあり苦笑しながら熟読しておりました。
 私ごとですが、若いころ体が弱く五十歳まで生きれたらと思い生きていました。中島らもさんではないけれど、本気でした。らも兄は先に逝かれましたが。
 「生と死」については、五木寛之さん、藤原新也さん、養老孟司さん、の本で真実、信実を探しておりました。
 五十歳を過ぎたとき、本当に肩の力が抜け、人生の皮肉を感じながら三年が過ぎたとき、「死んだらどうなるか」に出会ったのです。
 はじめに、のなかに大共感する言葉があり、膝をたたいて声がもれました。
【悩みや苦しみというのは、案外そんなふうに状況が変わることで気にならなくなることがある。それを「時が解決する」なんて言ったりもする】(12ページより)
 私にとってこの言葉は、やはり五十三年間いきてこそ実感として理解できるように思った。そして、まあ、しらない言葉が次から次から、感動して読んでおります。
【大丈夫、夢から醒めるように、ほどなく今の現実は夢だった、と思える次の現実がやってくるはずである】(158ページから)これは問題集で時間をかけて実験していきたい、というのが感想文です。

【更新日:3月20日】 【No.17】投稿者:小林様、42才、 広島県の男性

『死んだらどうなるの?』を読み終えたとき、「生まれ変わったら何になりたい」という話題を肴に酒を飲んだときのことを思いだしました。答えとしては「お金持ちの家に生まれてきたい」とか「可愛い女の子に生まれて、いい男と結婚して専業主婦なりたい」などがあったように思いますが、いずれも満足しえない現状を埋め合わす案として考えられた切実な意見が多く、いつもとは違う雰囲気で盛り上がったことを覚えています。
私は「今で満足しているから生まれ変わらなくてもいいよ」と答えようと思ったのですが、ちっとも説得力が無いし「どこが?」と突っ込まれるのがオチなので、少しヒネって「将来の自分に生まれ変わりたい」と答えました。その場は「なに言ってるんだ?コイツ?」といった感じで少し盛下がりかけたのですが、お店の女の子の「なんだか分かんなーい」という言葉に助けられ、何事も無かったかのように次の話題へと移っていきました。
私としては「生まれ変われるのかどうかは知らないが、将来の自分が生まれ変わるにふさわしいものになるよう、今を生きていくしかない」というつもりで言ったのですが、なにかまわりくどい言い方であり、いずれにせよ伝わりにくい説明だったと反省しています。
しかしこの「セリフ」はとても気に入っていて、人生がとても荒れていた頃に酒の力を借りてある聡明な女性に言ったら、「そんな生活してないじゃない!!」とバッサり切り捨てられてしまいました。次の朝、二日酔いの頭で「やっぱり今日をちゃんと生きていくしかないようだな」と考えていたことをほろ苦い気持ちで今も思い出します。

【更新日:3月9日】 【No.16】投稿者:むくもと様、56才、 兵庫県の女性

「あの世」、ってあるだろうなー?と思いつつ、玄侑さんはどのように語ってくださるか、愉しみをもって拝読させていただきました。
科学の眼を持つ禅のお坊様が「本音」で語ってくださったこと、直球で受け止めました。文字で解っていても、なかなか折り合いのつかない吾が心の落ち着きどころを探している時に、玄侑さんのご本に出合いました。
今回も、読み手の勝手な想いを重ねて心地よく拝読いたしました。
難しいことは解りませんが、思考の方向性をお教え頂いております事、感謝でございます。次のご本、楽しみにいたしております。

【更新日:3月8日】 【No.15】投稿者:麻生様、25才、 静岡県の男性

「今」を感じる「皮膚感覚」や「実感」。
「それが全てなのかな」と感じた。もはや、「思考」してしまった、「死」は、恐ろしくてたまらないけど、「死」の克服とは、「今」をどのように感じるか、それに尽きるのだろう。
しかし、「死」は皮膚では感じられない。

それは、人が生きていく中で、「死」も含む、未体験の事柄に接するときにも言えることなのだろうが、思考の「連想ゲーム」に埋没せず、”こと”が起きたときに兎に角「出会う」ほか無いのだろう。

そういった様々な示唆がこの本の中に込められているのだと、勝手に思っている。

【更新日:3月8日】 【No.14】投稿者:安積様、33才、 宮城県の女性

幼い頃から私のなかでも抱いていたモヤモヤっとしたそれと、真剣に向き合って色々な方向から一生懸命攻めて下さっているので、とても嬉しく思いました。
宗教の事にしても、物理学にしても薄学の私はさて最後までついて行けるのでしょうか…と不安でしたが最後にはスッキリ爽快とまではいかないけれど、安堵に似た感情で読み終えることができました。
 小学四年の娘が幼稚園児だった頃「死んだらどうなるの?」まさにこの質問を私もされたことを思い出しました。
「焼かれてしまうんだよ…」淡々と答えてしまったように記憶してます。また聞かれることがあったら同じように答えるかもしれません。
進歩が無いですね…それでもいいかなって。その先のにある生きてゆくために必要なあったかくてふわふわしたとしたものを、伝えられればいいかなと思えてきました。
 ありがとうございました。

【更新日:3月1日】 【No.13】投稿者:小林様、42才、 広島県の男性

「私が死んだらどうなるのだろう?」と直接的なことを考えながら読ませていただいたのですが、もちろん答えは出ませんでした。
しかし死んでも生き続けているものはあると思いました。先人たちが残した美しい音楽や絵画、そしてすばらしい文章などがそうです。否応無く古びていくものの中、そこにだけはゆったりとした時間が流れているように見えます。
そういったものには「魂が込められている」と言われたりする訳ですから、そのような形で創作者が生き続けることは可能なのでしょう。そしてそういった魂は生き生きと躍動的なものに違いないと考えます。それが生き続けることに繋がるのかもしれませんし、そのような生き方をしていれば「死んでもいい」と思える瞬間(恍惚)に出会えたりするのかもしれません。
私はまだまだ生き続けていきたいと思っていますが・・・。

【更新日:2月28日】 【No.12】投稿者:まこと様、39才、東京都の男性

何の取り柄もなく、「無事これ名馬」と自分をなぐさめる人生を送っていたのに、ちょっとした手術を受けることになりました。全身麻酔をかけるのだそうです。いつもは自分の年齢を「二十八歳」とごまかすのに、今はそんな余裕もないほどどきどきです。
 全身麻酔自体がどきどきですが、それ以上に、麻酔で徐々に意識を失う「私」、意識を失って手術台に横たわる「私」を想像すると、なんだかこわい(ふだんはお酒を飲んで、簡単に正体をなくすくせに)。その時いったい「私」とは何であり、どこにいるのか。そもそも「私」とはなにか。そんなことまでぐずぐずと考え始めてしまい、入院を前に精神状態は「なんだかいやなかんじ」です。
 でも愚考するうちに、この「いやなかんじ」が、子どものころからずっと抱いていた「死んだらどうなる? どこに行く?」という疑問に近い気がしてきました。そうか、修行が足りなかった。今は自分の生と死について、一歩踏み込んで考える時だ。いいチャンスなんだ。
 そう思うようにしましたら、ちょっと気が楽になりました。玄侑さんのご本を読みかえして、人生もう一度やり直しです。病室に持っていきます。ありがとう。

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