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12月23日(火)●演題「禅的風流について」

増長寺主催、岩手県水沢市胆江地区勤労者教育文化センターにて講演。14:00〜15:30

[コメント]
『碧巌録』に「風流ならざる処もまた風流」とある。つまり暮らしの全てを風流と見る禅の在り方だが、これを脳が作りだす煩悩との関係で話した。また「風流」とプリコジンの「ゆらぎ」とを関連させ、ゆらぎつつ成長していく宇宙と人間の話でもあった。晶ちゃんに花束をいただいてからの講演となりました。おかげさまで会場がほっと和んだような気がいたします。

12月10日(木)●演題「禅定とゆらぎ」

佐藤教育基金文化講座において講演。

京都市花園大学無聖館ホールにて。18:30〜20:00
[コメント]
禅定が脳の特殊な状態であると想定したうえで、それを体を使って実演し、そうなるための方法も幾つか示した。また現実の生活での志の持ち方、それが定まっていれば『ゆらぎ』も楽しめるはずだと話した。

12月3日(水)●演題「禅定のもたらす『ー』」

宇都宮仏教会成道会記念講演。

栃木県総合文化センター・サブホールにて。13:30〜15:00
[コメント]
禅定という特殊な身体状況を脳科学や禅の考え方で話し、また完全な脱力状態における『一』という形を、自らの体で示した。

11月8日(土)●演題「まわりみちという極楽」

東京都新宿区、新宿朝日カルチャーセンターにて講演。11:00〜12:30
[コメント]
禅的に生きる方法の1つである閑を例にあげ、ゆらいでいる自己を冷静に見つめることで分かるのではないかと話した。何故か講演での話がまわりみちになったという感じでしょうか。

10月29日(水)●演題「禅的風流について」

名古屋市栄中日センターにて講演。13:00〜15:00

10月18日(土)●演題 「禅的な生き方」

ふるさと文化の館開館10周年記念講演会。

福島県小野町、ふるさと文化の館にて講演。14:00〜15:30
[コメント]
禅のベースになった道教の考え方を、キリスト教や儒教と比較しながら検討し、また禅語によって禅の生き方を示した。

10月13日(月)●演題「人を育てるということ」

梁川保育園創立八十周年記念講演会。

福島県梁川町、梁川町農村環境改善センター。14:00〜15:30
[コメント]
人とは比較できないもの。教育においては便宜上比較しているにすぎない。自分の人生が充実していれば子供に元気を持って優しい眼差しで接することができるのでは、と話した。

10月3日(金)●演題「私のなかの公」

第49回東北地区公民館大会での記念講演。
いわき市のいわき市民会館大ホールにて。9:30〜11:00

9月6日(土)●演題「風流ならざる処また風流」

福島県三春町交流館「まほら」、三春の里めぐりにおいて講演。13:30〜15:00
[コメント]
世の中をすべて「風流」と見る禅的な生き方を、「志」と「知足」というキーワードから話した。

8月21日(木)●演題「二つめの人生観」

福島県教職員互助会50周年記念講演会。

福島市県文化センターにて。13:00〜15:00
[コメント]
子供の頃から無意識に染みこんでいる「桃的人生観」への転換の勧め。

7月18日(金)●演題「表現によって生まれる時間と自己」

宮城県の聖和学園短期大学にて公開講演会。14:00〜15:30
[コメント]
自己認識から時間という感覚が発生する。時間の捉え方をアインシュタンの理論より説明し、一方禅の考え方からは因果応報にとらわれることなく、不落因果であることの重要性を話し、日々是好日にて過ごして欲しいと話した。学生の皆さん、お分かりいただけましたでしょうか。

6月28日(土)●演題「禅という生き方」

建長寺創建750年記念特別展「鎌倉―禅の源流」において記念講演。

東京国立博物館(平成館大講堂)13:30〜15:00
[コメント]
禅の本質を「三昧」と捉え、その三昧状態について説明すると共に、現実にいかに活かすかという視点から方便として「一」への集中、そして「風流」についても話した。

6月14日(土)●演題「まわりみち極楽論」

群馬県前橋市、群馬会館にて講演。14:30〜16:00
[コメント]
「正しさ」を目指す「まっしぐら」ではなく、「楽しさ」を目指す「まわりみち」の勧め。発売になったばかりの新刊と同じタイトルだが、最終的には「苦」の反対の「安楽」を得るための心と体の扱い方について話した。

5月17日(土)●演題「風流ならざる処、また風流」

小樽市民マリンセンター、小樽佛教会「花まつりの夕べ」にて講演。

18:45〜20:15
[コメント]
「風流ならざる処、また風流」という禅語にちなみ、因果に落ちず、しかも因果を昧まさずに生きる生き方を提示した。また「風流」という言葉の古い使い方から、人間の自然は予測不能で風のように掴みきれないことも話した。

4月3日(木)●演題「桃的人生の勧め」

曹洞宗 第70回禅をきく会にて講演。

宮城県仙台市太白区楽楽楽(ららら)ホール 14:30〜16:00
[コメント]
道元禅師の『修証一等』という考え方から頓悟禅と呼ばれる南宋禅の在り方にふれ、それを桃の無邪気さに喩えて話した。邪気に対抗する究極のものは無邪気なのだと云う。

3月26日(水)●演題「廻り道という極楽」

岩代町図書館開館10周年記念講演会にて講演。

福島県岩代町公民館 19:00〜20:30
[コメント]
正しさを目指すとまっしぐらになる。しかし結果として、おそらく皆さんの人生はまっしぐらに進んではいないだろうから、これからは『廻り道』を目指してはどうか。楽しさを目指すと廻り道になる。ご縁を大切にすると廻り道になる。極楽とは、廻り道にこそあるのではないか、と話した。

3月7日(金)●演題「八百万を生きる」〜素晴らしいものは唯一ではない〜

島根県出雲市ビックハート出雲、白のホールにて講演。18:30〜21:00
[コメント]
八百万という古代日本の神さまの在り方、及びその後の日本の宗教事情を宗教的寛容の表れとみなし、国家と個人とにおいて、アイデンティティーやパ−ソナリティーで規定しすぎることの危険について話した。出雲らしく、天照大神の慈悲や、大國主大神の女性や動物に助けられる生き方についても触れた。

2月28日(金)●演題「体と意識と言葉の不思議な関係」

銀座資生堂ワードフライディーにて講演。19:00〜21:30
[コメント]
意識を動かして体を変化させたり、言葉で体を誘導したり、あるいは瞑想状態における身体症状など、実際聴衆の皆さんにも参加して体感していただきました。今回は自分でパフォーマンスするのではなく、希望した女性参加者を言葉で誘導して完全脱力してもらい、見事空中に水平に浮かびました。

2月26日(水)●演題「まとめきれない私」

いわき市ワシントン・ホテル、NHK文化センター特別講座にて講演。13:00〜15:00
[コメント]
人はとかく幸せを目指すものであるが、幸せとは自分を纏めてしまうものであるから、逆にそれが不幸の種になるともいえる。生き方の様々な例をあげ、いかに楽しみながら生きていくことがいいかを話した。

2月17日(月)●演題「体と心の取り扱い方」

豊橋中日文化センター、連続講演「仏法に聴く」の一環として講演。13:00〜14:30

2月7日(金)●演題「向こう側から見た人生」

佐賀アバンセ・ホール、シンポジウム「人生の店じまい」に参加。15:30〜16:55

1月30日(木)●演題「ベラボーなお説教」

朝日新聞本社読者ホールにて講演。19:00〜20:45
[コメント]
東洋的世界観をもとに陰と陽、五行。物理的には遺伝子を例に、アイデンティティーにとらわれることなく自分の中の可能性を発見しつつ生きることもいいのではないか、日本古来の翁・姥との表現があるように年を重ねる毎に人は神聖なものに近づくと考えてみてもいいのではないか、と話した。

1月23日(木)●演題「柔弱の力」

福島大学教育学部、教育総合実践センターにて特別講演。15:00〜16:30
[コメント]
儒教を梅に、道教は桃に喩え捉え方の違いを例にあげ、心を無にする方法を話した。柔弱とは無邪気ということであり、無邪気は邪気を払うものである。とりあえず明るく笑顔で生きてみては如何かと、話した。講演内容よりパフォーマンスの方が印象に残ったかもしれません。大雪警報の中での講演でした。

1月19日(日)●演題「玄侑宗久が語る」

宮城県岩出山町の感覚ミュージアム香りの森にて講演。15:00〜16:00
[コメント]
芸術に対する感性は人により異なるものである。仏教の唯識における五感、眼・耳・鼻・舌・身は分かりやすいが第六感の意の存在は分かり難い。その意が感覚に影響を持ち意味をあるものとするのではないかと、話した。

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