【更新日:12月24日(木)】



アレよという間に師走も下旬である。世間ではクリスマス・イヴという特別な日だ。こちらはというと、そんなことは一切関係なく、お葬式を終え、今日もまた新たなお葬式の知らせが入った。子どもの頃、父親との約束が反故になると、幼かった私は口を尖らせて文句を言ったのを憶いだす。約束はたしかに守るべきものだが、仕方なかったのだ。父とすれば、こんな日にお葬式を出す家こそ可哀相に思え、口を尖らせる我が子には怺えてもらうしかなかったのだろう。今日旅だったのは、母親に先立ち、三人の子どもを残して逝った若い母親である。今夜の子ども達はクリスマスケーキどころか母親の遺骨を前にして、今頃途方に暮れていることだろう。街を彩るきれいなイルミネーションが、彼らにはどんなふうに見えているのだろう。


【更新日:12月12日(土)】



あっという間に師走も初旬が終わってしまった。街の木もすっかり葉を落とし、柏や櫟の葉ばかりが茶色くなったまま落ちないでいる。柏餅をあの葉で包むのは、枯れても後見のために見守っている柏の葉の姿がめでたいからだという。力がなくなり、それでも新芽である子どもが一人前になるまではと雪が降ってもがんばっている姿。それをめでたいと感じた古人の思いに深々と温かいものを感じる。今月はまだ講演、執筆、法要のほかに、お正月準備でベラボーに忙しい。手伝ってはもらえなくとも、後見がいることはしあわせなことだ。あ、「アブラクサスの祭」、お陰さまで無事クランク・アップいたしました。ご協力いただいた皆さん、ありがとうございました。


【更新日:11月15日(日)】



今年は史上最も早く、三春に雪が降った。11月2日である。80歳以上の方が、むかし文化の日に降ったのを覚えているとおっしゃっていたが、それよりも1日早い。しかしその後はかなり温かく、過ごしやすい日が続いている。その間に、「アブラクサスの祭」がクランク・インした。撮影開始である。クランク・イン当日の12日、田村高校での撮影に少しだけ顔を出した。これは原作になかった場面である。私に作品を書かせるきっかけになった何らかの現実をAとし、作品をB、それを読んだ加藤監督のイメージをC、再構成した映像作品をDとするなら、そこで見たものはそのなかのどれでもないEだった。EにはしかしEnergy, Emotion が溢れ、しかも鉄火場( Emergency )であった。それにしても映画に関わる人々のあの共同体の熱気は何だろう。あれはいかにも目に見える形のExtraordinary ではないか。Oh, Envious!


【更新日:11月2日(月)】



先日、第10回日本認知症ケア学会の大会で、講演をさせていただいた。タイトルは「余白の美」。座長は認知症介護研究・研修東京センター長の本間昭先生。非常にエネルギッシュな感じの先生だった。聴衆はほとんど全国で実際に介護に当たっている人々だが、1500人以上はいたのではないだろうか。この学会、じつはここ数年、ものすごい勢いで会員が増大しているらしい。多彩なプログラムも人気の秘訣だろうが、なにより直接の関係者が増加していることが大きいだろう。むろん持論である「認知症」という呼称への抗議も交えたわけだが、本間先生によると、実際に現場にいる人ほど「痴呆」という言葉への抵抗はもっていなかったとおっしゃる。まさに我が意を得たり。「認知が入っちゃって」などという言語的倒錯をまずやめなくては、現場の人々の認知もおかしくなるに違いない。


【更新日:10月20日(火)】



先日、藤沢の遊行寺さんにお邪魔してきた。やはり歴史のある、落ち着いたお寺だった。末寺400ヵ寺余りのこじんまりした宗派だが、宗務所もじつにアットホームな雰囲気だ。「遊行という生き方」と題し、遊行宗の皆さんの前で、言わずもがなの言葉を連ねてきた。最後はやはり、年と共にだんだん余計なものを捨てていこうと話してきたのだが、どうも自分の身のまわりを振り返ると忸怩たる思いが澱む。郵便物や贈呈本などの整理ができないのである。必要な書類の返事や手紙の返事をお待ちの方がいらしたら、しばらくは諦めていただくしかない。明日も講演のため、遊行に出るのだが、これは果たして遊行だろうか。


【更新日:10月4日(日)】



10月20日(火)午後3時〜5時、花園大学の教堂ホールで安永祖堂老師と対談することになった。テーマは「訓読みに見る日本人の心根」のようなものだが、はっきり決まっていない気もする。先日お目にかかり、随分話した挙げ句、「ま、こんな感じでしょう」とは相成ったのだが、その場でどう動くか分からない。なにしろお相手は自由自在な老師である。ともあれ、泣いても笑ってもこれが私の花園大学デビューである。会場の教堂ホールのキャパは約150人とか。学生の皆さんだけでなく、一般の方々もお出でいただいていいのだが、椅子の数は限られていることを予め申し上げておきたい。その上、これまで関西でサイン会をしたことがなく、関西の方からのご希望もあって、この日に対談後、教堂ホールの片隅で『阿修羅』のサイン会をすることになった。老師のご心配は、お客さんが溢れることそのものではなく、溢れたお客さんが大学側の不用意を詰ること。そんなに大勢お出でになるとも思えないが、万が一たくさんお出でくださって窮屈でも、どうか大人しく、慈悲深く、大学を詰ることなく、仲良くお聞きください。袖触れあうも、なんとやらでございます。


【更新日:9月18日(金)】



とうとう『阿修羅』が校了になった。今頃は印刷所のお兄ちゃんたちが眼を皿のようにして仕事してくださっているだろう。今回、解離性同一性障害を扱ったこの小説に『阿修羅』というタイトルをつけるに当たっては、興福寺の多川俊映貫首さまにお便りを出した。「阿修羅」は仏教徒には普通名詞だが、好評な阿修羅展のすぐあとだから、人はどうしてもあの阿修羅を想うだろうし、じつは私もあの阿修羅を想定して書いたからである。すでにある阿修羅のイメージに、解離という不穏なイメージが付け加わることを詫び、私自身あの阿修羅が昔から好きだったことを告げて諒承を願うつもりだった。場合によっては、事前に原稿を読んでいただくことも可能だと、謹んで申し上げたのである。するとまもなく貫首さまご自身の手になる返書が届き、そこには「同じ仏教徒なのですし、信用するしかありませんなぁ」という、じつに鷹揚で太っ腹なお言葉が書かれていたのである。私のなかでこのタイトルは、阿修羅展を知るずっと以前から固まっていた。もうそれ以外のタイトルは考えられないほど煮詰まっていたから、これは本当にありがたいお言葉だった。しかし今、咲きだした庭の彼岸花を見ながら久しぶりに貫首さまの手紙を再読にしていてふと、これはなんと怖ろしい言葉かと思ったのである。『阿修羅』が貫首さまの眼にも堪える作品になっていることを、ひたすら念ずるのみ。印刷所のお兄ちゃんにもふんばってほしいが、これはもうそういう問題ではないのである。


【更新日:9月9日(水)】



4月からかかっていた『阿修羅』という長編小説がまもなく刊行になる。しかし本当のことを云えばじつはまだギリギリ最後の校正が残っている。発売日も当初予定されていた9月ではなく、今のところ10月8日の予定である。原稿がまだ手許を離れないのに、ウェブ上の書店ではすでに予約注文を受け付けている。これはとても焦る。かくなるうえは、再校の原稿が届いたときに突発的な出来事が起きないことをひたすら祈るのみだ。前々からタイトルに考えていた『阿修羅』が上野や九州にまで出開帳になるなど、今回の小説はどうも突発的なシンクロを引き起こしやすいようだ。南無三、という気合いもろとも、私も予約注文をしてしまった。これできっと無事に発売になるだろう。


【更新日:8月24日(月)】



「松花伴鶴飛」という言葉がある。「しょうかつるにともなってとぶ」と読む。よく 結婚式などで「松に鶴」の絵柄が好まれたのはこの言葉のせいで、松の花が鶴の脚に くっついて知らない場所に飛んでいき、それまで縁のなかった土地に松の子孫が芽生 えることの目出度さを、結婚の目出度さに喩えたのである。なるほど知らない土地に嫁ぐ新妻の素晴らしさは、そうしたご縁の受容にこそあるのかもしれない。ところが この度私は兵庫県の豊岡に出かけ、この言葉の嘘を知ってしまったのである。豊岡といえば日本唯一のコウノトリの生息地。昭和40年代から始まった餌付けや孵化など の成功で、今や130羽以上のコウノトリが元気に棲息している。県立コウノトリの 郷公園の総務課長山口直樹氏の話によれば、コウノトリは主に松の木に巣をつくるが、鶴は足の構造上けっして松の木にはとまることができないというのである。そうなると、先の言葉も本当は「松花伴鸛飛」だったということになる。しかし鸛がコウノトリだなんて、いったい何人読めるだろうか。


【更新日:8月6日(木)】



『アブラクサスの祭』(新潮文庫)が映画化されることになった。監督は東京芸大大学院映像研究科監督領域の一期生、加藤直輝氏。もともと彼が作品に惚れ、何十回も読み込んでくれたことがキッカケだが、ありがたいことだ。プロデュースするのは「ナビィの恋」「ホテル・ハイビスカス」などを手がけたオフィス・シロウズ。音楽シーンの魅せ方には定評がある。そして主演は今さまざまな世界から注目を浴びるアーティスト、スネオヘアー氏。その妻の役は幅広い層に人気のあるともさかりえさん。住職役にはなんとあの小林薫さん、その妻役には本上まなみさんである。今秋福島県内(主に三春町、国見町)で撮影し、来年の夏には公開予定である。なんだか新聞記事のような紹介になってしまったが、脚本の佐向さんも力のある方で、原作には存在しない青年を一人登場させ、それによって若い人々の苦悩も広く受けとめることに成功していると思う。ともあれ映画はナマモノ、撮ってみないと分からないけれど、なんだかひどく楽しみな秋になりそうだ。あ、もちろんその前に、お盆をきっちり勤めますよ、はい。




『アブラクサスの祭』映画化についてはこちらから→

【更新日:7月25日(土)】



先日三日ほど留守にしたのは、じつは出羽三山参りだった。日本でも有数の神仏混交が今なお見られる山だが、湯殿山で祝詞(のりと)のあとに般若心経を唱え、道教由来の人形(ひとがた)を流し、しかも真っ赤な幣束のようなものを「梵天」と呼んで供えたのには度肝を抜かれた。しかも泊まった宿坊には神像と大日如来、不動明王、それに天狗様まで祀られているではないか。天狗様に合掌しながら、思わず笑ってしまった私はいけない道者(どうじゃ)でした。ごめんなさい、天狗様。


【更新日:7月12日(日)】



先日戴いたホタルが、うちの裏の池で毎晩光っていた。どうやらクレソンのたくさん生えたその浅い清流のような池を、気に入ってもらえたようだ。ホタルの成虫はクレソンやセリなどが好きらしい。もしもうちの池で産卵し、幼虫になるようなことがあったら、今度はどこかに河蜷を捜しに行かなくてはならない。厄介だが、嬉しい。
ところで7月13日から15日まで留守にします。メイルも見られず、電話も繋がらない場所ですが、あの世ではありません。御用の方は16日以降にお願いします。


【更新日:7月4日(土)】



今日、檀家さんがホタルをたくさん捕まえて袋に入れ、持ってきてくださった。
どうやら平家ボタルで、夜になって放すとほとんど間断なく光っていた。自宅の前の小川で獲ったというので、夜、その小川に行ってみた。なるほど小川や近くの水田にもたくさんのホタルが光っていた。持ってきてくださった伊藤さんによれば、ホタルの季節が終わる頃にはたくさんのホタルが一箇所に集まって光るらしい。いったい集まってどうしているのだろう? まさか皆で「ホタルの光」を歌うわけでもあるまいに……。失礼。


【更新日:6月20日(土)】



今日、20メートルはあろうかという蟻の行列を見かけた。幅3センチくらいで、無数の蟻が移動しているのである。この季節は、蟻が卵から孵る。その行列の主たちも、生まれてまもないような小さな蟻たちだった。いったいどこへ行くのかと跡を辿ってみると、なんと本堂前の躑躅の木の下に消えていた。こういう生き物を見て、踏まないようにと「安居」を決めたお釈迦さまという方は、やはり尋常ではない。そういえば、僧侶が行列で歩く際に手持ちの鈴を鳴らすのは、「虫たちよ、踏まれないようにどきなさい」という合図なのだと聞いたことがある。


【更新日:6月4日(木)】



このところ、毎晩ホトトギスが鳴いている。夜、散歩しながら聴くと、どっちの方向で鳴いているのか全く分からない。不思議な鳥である。ホトトギスの居る地域にはカッコーがいないと云うが、たしかにこのあたりでカッコーの声は耳にしない。ところで友人が、最近路上に佇むフクロウを上着を被せて捕獲したという。夜中であったため、家に持ち帰った彼は、早速家族を起こし、「これがフクロウだよ」と教えたらしい。「ほう、これがフクロウか」と驚いて観察したのも束の間、フクロウはほどなく暗い夜空に飛んでいったらしい。束の間ではあったが、彼の母親は「不苦労とは縁起がいい」といたく喜んだらしい。


【更新日:5月18日(月)】



先日、剣道の素振りを始めると言ったけれど、あれはまだ続いているのだろうか、と訝る向きにご報告しておきたい。あれから一日おきに10ずつ増やし、300を超えたあたりで肩口が辛くなってきた。ときどきお世話になる整体の先生に訊いたところ、「素振りのやり過ぎでしょう」とおっしゃる。運動量の増加に筋肉の増加が追いつかないのだそうだ。素振りを千回していた高校時代の栄光にこだわるのはやめ、素直に減らすことにした。100回をワンクールに、一日にできれば2クール。そうしてからは快調である。小説はまだ半ばすぎ、というところか。


【更新日:4月27日(月)】



今度、筑摩書房から『化蝶散華』の文庫版が出る。いろいろ修正もして、また「宴」という作品も併録することにした。共に愛着の強い作品である。今読み返すと、どうしても今は書けないと思ってしまう。若い、というより、呼吸やエネルギーの在り方が違うのだ。今のほうが佳いという意味ではない。ただ人は変化し展開していく。そのことをとても強く感じる二作が、一冊になるのは誠に嬉しい。表紙の絵も気に入っている。解説を道尾秀介さんが書いてくださったことで愛着も一入深まった。是非手にとって、見て、それから読んでみていただきたい。


【更新日:4月19日(日)】



桜花爛漫の花吹雪である。今年はあっという間に散っていってしまった感じがする。18日の滝桜には7万人もの観桜客が訪れたらしいが、毎年のことながら恐れ入る。掲示板には天龍寺開山、夢窓疎石の歌。「心ある人の訪ひくる今日のみはあたら櫻のとがを忘るる」。今朝、書道家だという方から「桜のとがとは何か」というご質問を受けた。きっと観櫻のため遠くから訪れる方には分かりにくいだろう。たしか在原業平だったか。「世の中にたえて櫻のなかりせば春のこころはのどけからまし」。滝桜の近所に住む人々など、あの櫻がなければどんなにか春はのどかだろうと思うに違いない。返歌。「散ればこそいとど櫻はめでたけれ憂き世になにか久しかるべき」。そう。諸行無常、残る櫻も散る櫻である。


【更新日:4月6日(月)】



先日、三日坊主にならないよう素振りをすると書いたため、あの素振りはまだ続いているのかと、気にかけてくださる方がいる。ご心配をおかけしているようなので、途中経過を報告したい。たぶんあのあと、10日くらいは毎日10回ずつ増やしてまじめに行なっていたのだが、そんなある日、仲間の和尚で大東流合気柔術をしている人から「ああ、それなら一日おきにしたほうが筋肉つきますよ」と言われたのである。「あ、そうなの?」「はい」というんで、その日から一日おきにしてしまった。ちなみに今日は180回したがまだ汗はかかない。外で鶯が法華経と鳴き、また初めてノスリの声を聞いた。気持ちのいい一日だったのである。


【更新日:3月28日(土)】



今日、お通夜のまえにとんぼ返りで東京に行ってきた。桜が3分咲きになっている木もあって、驚いた。たしかにこの季節は、当地と東京の温度が一年でも最も違う時期かもしれない。しかし春は確実にやってきていると実感した。上京した用事は白隠さんのフォーラムだった。花園大学の芳澤勝弘先生ら数人がこの春ニューヨークで白隠フォーラムを開き、その帰国報告会のような色合いだった。明治学院大学の山下裕二先生が、岡本太郎が白隠に似たエネルギーを発散しているという話をされていて面白かった。会場で、できたばかりの『白隠禅師墨蹟集』を瞥見したが、あれはじっくり拝見するのが楽しみな労作である。


【更新日:3月16日(月)】



あっという間にお彼岸がやってくる。温かくなってくると急に地面から虫が涌くように人も外に出てくる。花粉や黄砂まで飛び交い、世間が一気に賑やかになってきた感じである。新入学の学生や新入社員の引越もそろそろ始まってくる。芽が出て、いろんなものが移動する「陽」の始まりである。こんな季節、「陰」から動けない人々はひときわ孤独を感じ、世間から解離するのだろうか。彼岸はたしかに大きな分かれ目かもしれない。最近、久しぶりに剣道の素振りを始め、一日10回ずつその数を増やしている。せめて「三ヶ月坊主」くらいは続けたいものだ。


【更新日:2月27日(金)】



今どきの陽光は春の盛りよりも眩しく感じる。これはやはり待ち望む気持ちが感覚にも影響しているのだろうか。たしかに人は、ありのままの風景など見ることはできないのだろう。しかしありのままでなくとも、今の眩しさは嬉しい。そんなことを書いたら「おくりびと」を憶いだした。いや、この映画、私は未見なので憶いだしたのではなく想像したのだが、納棺士という人々はどのようなビジョンを持って仕事をしているのか、急に気になったのである。直接出逢ったことのある納棺士は、優しさと凛々しさの相半ばする素敵な人だった。しかし彼は、どんなことがあっても怒ることなどなさそうに見えた。そう、まるで死者に対するように。昨日、今日とあちこちの新聞社からアカデミー賞受賞についてのコメントを求められたのだが、いかんせん、見ていないものにコメントはできない。ああ、受賞するまえに見たかったと思う。いや、コメントしたかったわけじゃなく、受賞を知って見るのはまた別物になってしまいそうだからである。


【更新日:2月10日(火)】



このところ、妙心寺展にからんだ講演と、習志野市での講演が二日続けてあった。たいてい二日連続の講演など、受けないのだが、今回は特別である。なにしろご本山からの肝いりでもあったから、仕方……、いや、喜んでお受けした次第である。それにしても、講演というのは独特の疲れが何時間後かにやってくる。まるで大量の紫外線を受けたあとのように、コトリと睡魔に襲われるのである。いったい聴衆の皆さんの視線には、どんな成分が含まれているのだろう。 え? 単なる飲み過ぎ? なるほど、そうかもしれない。失礼しました。


【更新日:1月26日(月)】



平田精耕老大師の一周忌法要に参列するため、京都に出かけていた。参列者は、親族の皆さん以外は、僧形ばかり百人あまり。楞厳呪行道と大悲呪立誦は荘厳だったが、驚いたのは祭壇の横に頂相のほか、木彫りの胸像が安置されていたこと。なんでもドイツ人の弟子であったハインツさんという方が、何年もかけて彫り上げたものを送ってこられたらしい。実物大以上のその大らかな姿からは、なによりハインツさん自身の老師への敬愛の情が沁みでていた。そういえば当日(24日)の天気は変わっていて、快晴なのに風が吹き、雪が舞い飛んだ。京都の西南部だけに局所的な雪が降っていたようだ。清々しく寒い、道場の日々がありありと憶いだされた。


【更新日:1月13日(火)】



年が明けてから忙しい日々が続いている。年頭の恒例行事もあるが、なによりお葬式が続いていることが大きい。そんな日々ではあるが、ちょっと忘れられない冬の景色を見た。10日、静岡に出かける用事があったのだが、一つはそこで見た富士山と満月。夕方の澄んだ空をキリキリと穿つような、雪に大きく被われた群青の山。それはあまりに美しかった。そしてその横に、信じられないほど圓かな月。なんだかご褒美のようだと感じた。また12日の早朝、滝桜の子桜を作りつづけた宗像宗光さんの乗った霊柩車を先導し、火葬場に向かう道すがら、故人の遺言で滝桜の横を通ったのだが、厳冬の滝桜も格別の美しさだった。風はなく小雪が舞い降りるその中に、それは本当に静謐な、いわば捨てきったような姿だった。102歳で亡くなった宗像宗光さんの「韜光院」という戒名が、冬の滝桜にも似合っていた。


【更新日:1月1日(木)】



新年明けましておめでとうございます。

 とにもかくにも、雑多なものが繁茂する戊子(つちのえ・ね)が暮れ、己丑(つちのと・うし)の年を迎えたのは、目出度いことであります。

 昨年は、アメリカのサプライムローンに始まる金融恐慌で、なにがなんだか分からないほど道筋が見えなくなってしまった。秋葉原での無差別殺人のあとには、欧米風の要人テロまであり、このまま欧米を真似ていてはゆゆしきことになる、そうは感じながらも、さてそれでは何を基準にしたらいいのか、分からなくなっているのではないだろうか。

 今年の干支である己丑の己(つちのと)は、「紀」の省略形と考えていい。乱れた糸筋、筋道をとにかく通し、ごたごたを解消する年回りなのである。また丑というのも、元は胎内にいた嬰児が表に出て、右手を伸ばした姿の象形文字。つまり、曲がっていたものを伸ばすことだから、転じて「始める」「結ぶ」「掴む」などの意味になる。

 日本という国を、本来の道筋に戻すには、これほど相応しい年回りもないだろう。

 実際の行動面では、自らの行動において因果を昧まさないことが肝要だろう。今のその行動が、なにかの原因としてはたらく、そのことを忘れないことである。

 昨年の年頭には、平田精耕老師のお言葉を紹介したが、それから程なく、1月9日に遷化なさってしまった。それを思うと、昨年の混乱はそのせいだったかにも思える。1月24日には一周忌を迎える。そろそろ日本全体が立ち直らなくてはならない。拡張しすぎたものは縮小し、根の営みを見つめ直すべきなのだと思う。




2009年元旦  玄侑宗久 拝



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