【更新日:12月12日(日)】



凄い本が出た。講談社現代新書から11月20日に刊行された『笑う禅僧』である。著者は安永祖堂老師、国際禅道場師家。ビジネス英語もこなし、むろん漢詩文にも通暁している。タイトルよりも大きく、帯には「悩め、苦しめ、そして答えよ!」とある。私などそれだけで道場での安永老師を憶いだしてしまう。そう言ったあとで、安永老師はきっと哄笑するだろう。禅の公案がこんな形で説かれるのは恐らく初めてではないか。是非ご一読をお勧めしたい。いや、一読でわからなければ、二度でも三度でも、特に禅僧は読んで苦しめ! あ、話は違いますが、私、20日まで音信不通になるかもしれません。いや、苦しみに行くのではありませんが、悪しからずご了承のほど。


【更新日:12月2日(木)】



前回、墓地に行った話を書いたが、墓地問題を扱った今週の「アエラ」の記事に重大な誤りを発見したのでご報告しておきたい。18頁2段目の2行目から。「そろそろ真剣に外国のように石に頼らない新しいお墓の在り方を議論しなければいけないですよね。」とあるが、私は「そろそろ真剣に外国の石に頼らない新しいお墓の在り方を議論しなければいけない」と申し上げ、原稿もそうなるはずだったのである。どういうわけか、どこかで「ように」が入り、全く違う文脈になってしまった。外国のお墓が、石以外をそれほど模索しているとも思えないが、日本は今や自国の山は切り崩せないのに外国ならばまだいいだろうと輸入石材に頼っている。こんな状況をいつまでも続けるのは無理だろうと申し上げたかったのである。ご了承のほど。


【更新日:11月29日(月)】



新しく出来たお墓を見に、裏の墓地に行ってきた。公孫樹(いちょう)も楢もすっかり葉を落とし、白っぽく見える木々を透かして朝日が眩しい。空には静かな有明の月。清寂、あるいは「浄」という言葉が相応しい。昔、「浄」という文字にはどうして「争」という文字が入るのか不思議だった。「争」が「あらそい」ではなく、収穫を終え、川で洗って立てかけた鍬のことだと知ったのは大学生の頃か。誤解したままふくらんでいた思いが一遍に凋み、それこそ「浄化」された記憶がある。ふと、「アブラクサスの祭」の「浄念」の名前に、誤解と正解の両方の思いが込められているような気がした。10年も経ってそんなことに気づくのだから生きつづけることは面白い。


【更新日:11月10日(水)】



資生堂の福原義春さんは大変な読書家としても知られるが、嬉しいお葉書が届いた。『梵行』を読まれ、「うっかり他のことを忘れてしまいました」とあった。また『荘子と遊ぶ』も「二回ほど読み返しました」と。とても嬉しい。福原さんほどの方が「うっかり忘れた他のこと」とは何だったのか、気になるが、読書というのは、映画に比べると日常に接しながらしなくてはならないのが辛い。映画館のように、図書館でどっぷり読書できるのは非常に羨ましい。もう何十年そんなことをしていないだろう。学生さん、できるうちにしといてくださいよ。


【更新日:11月3日(水・祝)】



「雪月花」、いつになったら更新するのかと催促されてしまった。申し訳ありません。本当にあっという間に秋も深まり、今朝の三春では「お天気雪」のような霙が降った。ところでとうとう『梵行』が出た。玄侑宗久初の官能小説、などと言う人もいるが、ある意味ではそうなのかもしれない。性も自然であるなら清浄そのもの。しかし何が自然なのかが何より難しい。空海が将ち来たり、最澄が閲覧を頼むが断られたという『理趣経』。この小説は、その『理趣経』への小説的挑戦かもしれない。と、いうことは、やはり自然を目指した不自然の一つなのだろう。さっきの霙がウソのように霽れ、今は紅葉が美しい。自然もウソのように変わる。ウソもマコトも自然の属性か。


【更新日:10月8日(金)】



いよいよ今月の半ばに筑摩選書が創刊になる。その最初の6冊のなかの1冊として『荘子と遊ぶ』が刊行される。とても光栄なことだと思う。選書といえばアカデミックなものと大抵は決まっているが、『荘子』そのものがアカデミズムの対極にある。
さて、どうするか。悩んだ末に決めたのが、論考的な部分と小説的描写のドッキングである。これはいったいどういう本なのか、自分でもよくわからない。わからないが、荘子といえば、「遊」だし、「遊」なのだからこうなった。遊んでいるのはむろん荘子なのだが、遊ばれる自分を描きながら作者だって遊んでいるのである。むふふ。読んで遊んでね。


【更新日:9月21日(火)】



いつのまにか前回の「雪月花」からひと月ちかくが経ってしまい、炎暑も終わってススキやコスモスが咲いている。お彼岸になったら彼岸花も咲きだした。あの暑さのなかできちんと秋が準備されていたのだから凄い。新聞連載のさんの原稿も、ようやく私の手許を離れ、少し空が高くなった。折も折、ちょうど東京の出光美術館で数日前から展が始まった。是非この機会にご覧になってみていただきたい。今回の連載でも大方の写真は出光さんからご提供いただいた。こんなところで申し訳ないが、謹んで感謝申し上げたい。




は機種依存文字の為、画像に置き換えています。


【更新日:8月24日(火)】



お盆が終わり、お葬式が続いている状況だが、じつは新聞での連載も控えている。8月30日から10月1日まで、土日以外の平日だが、「仙※ 無法の禅」という連載をすることになっている。「東京新聞」「中日新聞」「北陸中日新聞」夕刊の文化面なので、取っている方は是非読んでみていただきたい。毎回、基本的には仙※和尚の絵が入る。それにしても、前もってある程度準備しておかないと、私の場合、先が読めないから怖い。しかしお盆からこちら、それどころじゃない忙しさなので、なおさら怖い。ああ、怖い怖い連載、どうなるのだろう。雪月花もようやく書けた。





【更新日:7月14日(水)】



11日、12日と、鳥取市まで出かけてきた。《野の花診療所》を主宰されている徳永進先生からお声がかかり、第18回の日本ホスピス・在宅ケア研究会の最後の集まりに参加するためである。お相手は、谷川俊太郎さんとよしもとばななさん。いずれもお目にかかってみたかった方である。お話の内容はここには書かないが、徳永先生の洒脱さと俊太郎さんの率直さ、ばななさんの柔らかい思想性とで、とても充実した言葉の編み目に包まれるようだった。テーマは「いのちのおわりにみみをすます」。霧雨の鳥取には、合歓の花がそこここに静かに咲き濡れていた。唯一、心残りなのは、鳥取砂丘でラクダに乗ろうと思ったら、財布が手元になかったこと。象の次はきっとラクダだと思っていたのに……。


【更新日:6月16日(水)】



「文学界」に書いた6作と、「三田文学」に書いた「中洲」をまとめ、『四雁川流景』として刊行することになった。というか、そのつもりで連作短編を書いてきたのである。
すべての作品に四雁川の流れが登場するのだが、その目線の位置が違う。主人公は川縁に住んでいたり、見下ろす高台にいたり、川に面した長屋に住んでいたりする。土地と人との、深いがゆえに意識できないほどの関わりがテーマである。今回も、『龍の棲む家』の表紙写真を撮ってくださったサカネユキさんに表紙をお願いした。ぜひ手に取り、愛玩しながら7つの作品を読んでみていただきたい。因みに、タイトルが読めない人もいるかもしれない、ということで、今回は異例なことに「平仮名表記」も表紙に入れることになった。ついでに申し上げると、「流景」という言葉には、輝く光、過ぎゆく月日、という意味がある。


【更新日:6月1日(火)】



2,3日まえに、新宿の某書店から、私の本を500冊買ってくださった方がいるら しい。驚いた。いったいどういう方なのだろう。むろん、大勢の方に配ってくださる のだろうが、それにしても500人というのはちょっと普通じゃない。お寺さんだろうか。どなたにしても、ありがとうございます。しかしちょっと考えると、500冊 もの本が配本されずにどこかにあったことじたいが、なんとなく寂しい。考え違いだろうか。


【更新日:5月28日(金)】



例年のことだが、筍がにょきにょき生えてきた。初めは「採る」なんて言いたい気分だが、すぐに「取る」「捕る」になる。取っては配り、捕っては送り、しているうちに、やがて誰か「盗って」ほしいと思うようになる。それでも今年は、若い弟子がで きたので助かった。小雨が上がり、空を見上げて「取りに行ってくれる?」と訊くと、彼は竹藪を恐い顔で睨みながらも「はい」と答える。なんだか筍ではなく、猪でも「獲」りに行くような風情なのである。


【更新日:5月10日(月)】



先月、お寺の駐車場に16メートルの高さの支柱を立て、鯉のぼりを立てた。3匹の鯉と吹き流し、矢車のセットは、じつは総代の役員さんが若い弟子が入ったことを喜び、寄付してくださったのである。真鯉が10メートルあるから、16メートルの杉の支柱は妥当なのだが、これがなんと本堂の縁の下に仕舞われていた。よくこんな見事な木があったものだと感心したが、立てる段になると感心してばかりはいられない。コンクリートの電柱の素材を地中に2,5mも埋め、地中では横軸でも固定し、地上には同じ長さだけ残してそれに杉の柱を金具で添わせる。むろん、電柱を立てるプロに来てもらい、はしご車も使っての仕事である。責任感の強い総代さんが毎朝5時に風と鯉のぼりの様子を見にきてくれたお陰で、何度か絡まった吹き流しや鯉も、破れることなく無事に端午の節句を乗り越えることができた。ああ、めでたい。しかしあまりにも苦労して上げた鯉だし、旧暦の5月5日までこのまま置こうということになった。今日も風が強く、吹き流しが支柱や紐に絡まっている。大丈夫かと、つい案じてしまう。腹の中を風が吹き抜ける鯉が羨ましい。「虚懐天真を養う」とは、よく言ったものだと思う。


【更新日:4月23日(金)】



桜が咲き初めてから4度めの雪が降った。まるで振り袖で綺麗に着飾った娘さんが頭からびしょ濡れになったようだ。蕾が開いたばかりに2度、2〜3分咲きのときには15センチも積もり、そしてとどめが今日の雪である。花は8分くらいだろうか。朝の6時半ころにはずいぶん大粒で不透明な雨だなぁと暢気に眺めたのだが、本堂でお経をあげてから戸を開けると真っ白に変わっていた。降りしきる雪のなか、出かけなくてはならなかったのだが、ずっしりした雪の重みで染井吉野までが大きく枝垂れていた。うまく言葉にならないが、自然はやっぱり凄い。


【更新日:4月8日(木)】



先日、映画「アブラクサスの祭」の試写会が東京であった。桜が満開で、しかも強風の吹き荒れた日だった。そういえば、約10年前に芥川賞を受賞したときも、嵐の晩だった。縁起のいい嵐とは関係ないのだろうが、映画の出来も素晴らしく、非常に印象深い夜になった。スネオヘアーさんやともさかりえさん、小林薫さんや本上まなみさんらの出演者、スタッフを初め、作家の湯本香樹実さんや道尾秀介さんも忙しいなか、駆けつけてくださった。上映後、私は空腹のまま飲むばかりだったせいか結構酔い、「アブラクサス状態」になったことを反省している。それにしても、道尾さんが原作者以上に泣いていたことが忘れられない。どういう感性なのか、その秘密は、あるいは最新作の『光媒の花』を読めばわかるかもしれない。6つの物語が、リンクしながら螺旋のように絡み合い、ゆらめくように大きな物語として立ち上がってくる。
影が多いだけにレンブラントのように鮮烈な光を放つ。彼はきっと、人並みでない敏感な円錐細胞をもっているのだろう。


【更新日:3月17日(水)】



不思議な小説を読んだ。それはそれは美しい、音楽的なまでの文章なのだが、描かれた世界にこのまま入り込んでいいのか立ち止まるべきなのか、一瞬だけ躊躇った。しかし躊躇っても無駄で、著者の筆先と共に先に進みたいという欲求がどうしてもまさる。生えてくるヒゲ根を見つめるように、触手の伸びる先の光を求めるように、ついつい最後まで辿り着いてしまう。ラストは荒涼とした景色なのだが、そこに漂う気分は、まだうまく言葉にできない。しかし間違いなく、そこは現世だ。いや、描かれた世界のすべては現世のことなのだが、……こんなことが描かれていいのだろうか。
『夏の庭』に始まった湯本香樹実さんの旅は、今回の『岸辺の旅』でとうとう禁断の領域に静かに踏み込んでいく。怖れもなく、リズミカルでさえあるその足取りをじっと見つめながら、思いには現世も来世もないことに気づく。分厚い時間の只中に誰もがいるのだと。文藝春秋からの新刊『岸辺の旅』、ご一読をお勧めします。


【更新日:2月23日(火)】



このところ、穏やかな日々が続いている。穏やかというのは、檀家さんも亡くならず、仕事も順調ということだが、先日は立松和平さんの突然のご逝去に驚いてしまった。いまだに信じられない。3月初めには、小説のことでも話しながら飲みましょうと、初めてのお誘いも受けていたのである。本当に、「誠」を感じさせる人だった。多くの小説が、旅先で書き継がれ、完成するというのは、よほど旅も書くこともお好きだったのだろう。無数の出版社から無数と云えるほど本が出ていることにも驚く。晩年というのも妙だが、立松さんの晩年は禅と仏教に染まっていたと云っても過言ではないだろう。小説のほうは、介護をテーマに書いているとおっしゃっていた。心からご冥福をお祈りしたい。


【更新日:2月2日(火)】



最近、とても頻繁に五位鷺がうちの池にやってくる。幼鳥のとき親と一緒に来ていたあいつだと思うのだが、もうすっかり一人前である。朝ガラス戸のカーテンを開けると、ゆらりと飛んで少し遠くの木の天辺などに移る。おお、お前かと、嬉しくなったりするのだが、よく考えてみると、べつにあいつはお寺を懐かしんで来るわけじゃない。池の中の魚を食べようとして来ているのだろう。しかし実際に魚を食べる場面を見ていないため、どうしても懐かしさのほうが勝ってしまう。ところが今朝、ガラス戸を開けると、あいつが飛び立ち、そして池の水面が妙に波打っていた。私の心も不穏にざわめいた。そんな場面は予測されていたものの、実際に決定的な場面を見るまでは無意識にあいつを庇いながら見ている自分に気づく。さても人間の認識とは甘いものだが、だいたい池の氷が今年は溶けてしまったからいけないのである。水中で例年になく動く鯉が、五位鷺ならずとも気になるこの頃なのである。


【更新日:1月19日(火)】



九州国立博物館での鐘つきと講演を無事に終え、ようやく戻ってきた。16日は2800人、17日は3200人ほどの入場者があり、催しも大成功だったと云えるだろう。それにしても、およそ1300年前に鋳造されたという梵鐘を撞くのはやはり緊張する。年数だけでなく、ご一緒に撞いたのが萬壽寺の老師だったのも大きかった。
最初に老師が妙心寺の鐘をつき、その余韻がまだ幽かに残っているうちに私のほうの観世音寺の鐘を打ってしまった。それぞれの3発目はわざわざ重ねるように撞いたのだが、思ったほど唸りは生じなかった。午後の部では心して余韻が消えるのを待ってから撞いたつもりだが、どうだっただろう。今回のために伐ったと思える棕櫚の木の
撞木の先には白い布カヴァーがつけられ、とても柔らかく佳い音が響いたと思う。昔から、鐘は聴く人に菩提心が生ずるように撞け、と云われるが、もしもあの鳴鐘を聴いて菩提心を起こした人がいたら僥倖である。それにしても、あの時間が現実離れして憶いだされるのはあの音のせいだろうか、それともあのほっこりと温かかった九州の気温のせいだろうか。


【更新日:1月9日(土)】



今月16日には最後の「妙心寺展」、九州国立博物館で講演させていただくことになっている。それはべつにいいのだが、16日と17日にはちょっと特別な催しがあるのでご紹介しておきたい。妙心寺に伝わる国宝の梵鐘は俗に「黄鐘調(おうじきちょう)」と呼ばれ、文武天皇2年(698)の鋳造と銘文に書かれている。銘文記載の年号としては日本最古。そして福岡県にも、じつはこの梵鐘と同じ時期に同じ工房で造られたと思われる梵鐘がある。太宰府観世音寺に伝わるやはり国宝の梵鐘がそれである。この国宝の兄弟鐘、じつは1984年に「九州歴史資料館」で並べて展示されたことはあるのだが、今回は並べるだけでなく、撞いてみようということになった。おそらく文化庁の特別な許可を受けたのだろうが、それが16日(土)午前11時と午後1時、そして17日も同時刻に撞かれるのである。もともとこの二つの鐘は、観世音寺のものは菅原道真がその響きを漢詩に写し、妙心寺の鐘の音は吉田兼好によって「黄鐘調の鐘の音」と称えられた。いったい並べて撞いたらどういう共鳴を起こすのか。この日時にご来館になった方はどなたでも味わえるはずである。催しの名前も題して「鳴鐘会(めいしょうえ)」、是非お近くの方はお出かけになってみていただきたい。予定どおりお邪魔することができれば、私も16日の午前11時と午後1時、観世音寺の鐘を撞かせていただくことになっている。どのような音の饗宴になるのか、私も今から楽しみだ。


【更新日:1月1日(金)元旦】



 新年明けましておめでとうございます。
 今年は、庚寅(かのえ・とら)。「こういん」という干支です。
「庚」(かのえ)には「継ぐ」「償う」さらに「更新する」といった意味があり、昨年の最大の変化である民主党政権について考えれば、その当初の志は継続すべきでありながら、罪や穢れはしっかり償い、新たな政権として更新していかなくてはならない、ということでしょう。
 罪や穢れというのが、はたして総理の政治資金規正法違反容疑のことなのか、小沢一郎氏のお金をめぐる問題なのか、あるいはもっと他に深くて大きい罪や穢れがあるのかどうかは知りませんが、それは自ら胸に手を当てて考えることでしょう。
 民主党が8月の選挙で大勝した背景には、「懲りない自民党を懲らしめてやろう」という湿った意志も大きくはたらいたのかもしれませんが、「チェンジはチェンジ」、この方向は継続すべきで、ただそのためにも償って更新することが大事ということです。
 「寅」のウ冠の下は手を合わせて約束する人の姿。「つつしむ」の意味で、寅はまた「演」にも通じることから、進展することでもありますから、「つつしんで進む」ということでしょうか。
 されば「庚寅」は、基本的には昨年の変化を継続すべきでありながら、まずは我が身の罪科を償い、更新すべきを更新しながら、つつしんで進め、ということになります。
 さて我が身を振り返ってみますと、去年は住職2年目であり、しかも小説にも力を入れ、「文学界」での連作短編のほかに講談社の『阿修羅』も書きました。また『アブラクサスの祭』の映画化などもあり、非常に多端な年であったと云えるでしょう。お寺の事業としても山林の整備のほかに集合納骨堂などを造っていたわけで、正直なところ力量を超える手広さであったと反省されます。自分が疲弊しているだけでなく、女房や家族の負担も大きすぎたように感じます。
 去年は私にとっても大きなチェンジの年だったわけですが、償い、つつしんで進み、更新しながら継続するためには、やはり講演を減らすべきなのでしょうね。
 そういうわけで、今年は虎のように地に足つけ、昨年の非を償いながらつつしんで進むつもりですので、宜しくご諒承くださいますよう。




2010年元旦  玄侑宗久 拝



2011.1-
2010.1-12
2009.1-12 1

過去の雪月花へ

top
前に戻るup