5

7月25日

このところ、庭師さんたちが3人ほど来てくれているのだが、彼らとのやりとりが面白い。
親方が、私のいない所で「あの木を伐れば、全体がすっきりしてくるんですが、、、」と云ったらしい。
それはこの辺には珍しい柏槇の木で、私が子供の頃から池の端にずっと立っている。しかしその場に向かないのか、昔からほとんど育っていない。五葉松の後ろにあるのだが、なるほどそれを伐ればすっきりした庭になるのは確かだと私も思う。そこで、私は責任転嫁じゃないけれど、「父に話してみてくださいよ」と庭師の親方に云ってみた。ところが親方は、「それは絶対できません」と云う。なぜか分からないまま、試しに私は父に訊いてみた。「あの木、伐ってもいいなかぁ」と、軽く。しかし父は即座に「昔からあるんだから、伐るな」と答えた。庭師の親方は、たぶんその答えをいつか父から聞いたのだろう。仏教に、木を伐る理屈はない、と聞いたことがあるが、父の即答はそれを想わせた。庭師の求める美と、自然について、私は急に考え込んでしまったのである。


7月15日

東京国際ブックフェアというものに出かけた。講演とサイン会の依頼があって出かけたのだが、 夥しい人々が殺到している会場に、じつのところ度肝を抜かれた。これほど本に興味のある人々がいるなら、 なぁんだ心配いらないじゃないか、とも思った。本もたくさん売れているように見えた。しかし帰りの新幹線の なかで思ったのは、こうした祭は読書という行為からあまりに遠いということだった。静かに読んで、また次の本を調達する。 そんな地道な生活時間を支える各地の本屋さんが元気であってほしい。小は大に叶わない、という最近の流れがとても寂しい。ウェブで注文するまえに地元の書店に注文したいと思う。そうしないと、読書はそのうち祭になってしまう。 いや、祭は祭でいいのですが、、、、。


5

6月25日

住職になってから、短編だがようやく小説をを仕上げることができた。エッセイは折を見て書いていたものの、小説となるとかなり凝縮した時間がほしい。事務的な引き継ぎなども含め、慌ただしかったということだろう。やはり嬉しい。そうこうするうちに、境内の草も伸びてきている。お盆も近い。時が経つのはなんと早いのだろう。ちなみに住職を引退すると、臨済宗では閑栖さんと呼ばれるようになる。閑(しず)かに栖(す)む、閑(のど)かに栖む、どちらにしても羨ましい語感だ。後期高齢者とは雲泥の差がある。


6月6日

開甘露門の世界最近、禅文化研究所から、『開甘露門の世界』という本が刊行された。「開甘露門」というのはお盆のお施餓鬼にとなえるお経なのだが、それだけでなく、この本には「開甘露門」の成立に関与する各種経典の訳注も併せて収録されている。読んでいると、昔の人々がいかに「救済」を真剣に考えていたかが伝わってくる。近頃は、救済を求める人々が明らかに増えてきている。宗派によらず、この本は僧侶必読の書だと思う。一般の方には、私も意味にとらわれずただひたすら「般若心経」など暗記してほしいと申し上げているが、僧侶の場合はそうはいかない。ただ暗記だけしているお経の意味を学び、救済へと向かう菩提心をあらためて確認すべきである。


5

5月18日

薫風が南から吹いてくる。建物のなかが微かに涼しい。本当に佳い季節なのだが、毎年この季節になると、たぶん縁の下のどこかから羽蟻が大量に発生する。おそらく行列しながら柱をのぼった羽蟻たちが、ぞろぞろぞろぞろ延々と敷居を歩き、畳を渡り、それからカーペットの上にも色が変わるほど現れるのである。一昨年までは、見つけると慌てふためき、殺虫剤など取りに走る光景もあったものだが、去年、じっと見ていると、彼らはまっすぐ明るいほうへ向かい、縁側の縁まで来ると飛び立ってしまうことを発見した。今年は余裕をもって発見直後に室内の蛍光灯をすべて消し、見守ること2時間あまり。やがて羽蟻たちの姿は完全に見えなくなった。行列を眺めながら、一瞬ビルマや四川省の人々を想ったけれど、こちらは申し訳ないくらい平穏なのである。


5月4日

いつのまにか桜も終わり、うちの境内には海棠や桃、シジミ草や雪柳などが妍を競っっている。この季節、関東との時間差をとても感じるのだが、春が静かに充実していく感じがとてもいい。山には無数の色が溢れている。さて京都では、今頃弟子がしこたま警策で打たれている。彼には自然がどう見えているのか。鮮烈だが感情を伴わない景色に、きっと包まれているのだろう。そう思う。「同時」のなかの別な自然。それが今年は、新緑の豊かさに重なる。


4

4月8日

つい先日、お釈迦さまの命日の涅槃会だと思ったら、今日は誕生日、つまり降誕会である。涅槃会は旧暦で、降誕会は新暦でしているからどうしても間隔が近くなる。年によっては涅槃会も4月に入ったりするから慌ただしい。それにしても、こうして甘茶など飲みながらも、思うのはチベットの状況である。チベットにしろ、ビルマにしろ、敬虔な仏教徒たちの国が、中国という巨大な軍事大国におびやかされている。ダライ・ラマ14世は、北京オリンピックを妨害する行為をやめるよう声明を出したが、その言葉の意味はどれだけ深く受けとめられただろう。非暴力を誓う人々に振るわれる暴力に、怒りは深く沈潜していく。だからこそ「仏教徒も怒りをもつべきだ」というダライ・ラマ14世の言葉はいっそう重い。政治的にしか解決しようのない問題を前に、日本政府も決然とした態度を迫られていると云えるだろう。


3

3月22日

今日はお釈迦さまが亡くなったとされる、旧暦2月15日、十五夜である。うちの庭には紅梅が咲き、月は満月で、しかも雪が残っている。「雪月花」が一遍に見られ、そのうえ涅槃会とお彼岸の重なった、奇特な一日である。しかしこんな日にも、チベットの僧侶たちの気持ちは、穏やかではないのだろう。オリンピックを前にした中国の情勢は、まるで子供の頃、県からの視察を前にした小心者の校長のようだ。小心者だけに思いきったことをする。その日だけ特別な掃除をしたって仕方ないだろうと、子供心にも思っていたものだ。餃子事件についても、そう思っている中国人はいるのだろうか。どうにも謎に包まれた事件だが、赤福のように内部告発が起こらない体質がちょっと怖い。むろん、赤福も褒められたものではないのだが……。それにしても、春の彼岸というのはどうしてこうも突飛で恐ろしいことが起こるのだろう。イラクの空爆も、忘れもしないお彼岸の、小中学校の卒業式の日だった。


3月10日

 いよいよ芽出たい季節になってきた。単純に、草木の芽が出ようとするこの季節は心中浮き浮きするから不思議である。これが「めでたい」という和語の語源であることもよく分かる。やがてそれは「愛」という漢字に結びつき、「愛でたい」という願望を含んだ形容詞になる。むろん「たい」は願望の助動詞だから、「愛でたい」人々だけの体験が「めでたさ」である。愛でたければめでたくなるし、愛でたくなければ当然そうはならない。それでもなんとなく愛でたくなるのがこの季節なのだろう。ここしばらく檀家さんが亡くならないのも、とても愛でたい。


2

2月18日

 先日、東京の学士会館で行われた「白隠フォーラム」に出かけてきた。花園大学の芳澤勝弘先生ほか3人の発表があったのだが、いやいや驚くことが多かった。丁度私が坐った席の隣に、以前「白隠展」を企画された山下裕二先生がいらしたので、休憩時間に芳澤先生と3人で話したのだが、山下先生が調査した時点では、たしかに白隠作と確証をもてる禅画は2000点に満たなかったらしいのだが、山下先生は「少なくとも2000点はあるだろう」と仰っていた。しかし4年前から全国を巡って調査している芳澤先生は、その後どんどん新たに白隠禅画を発掘していった。主にはこれまで偽作とされたものの多くが、白隠の40代、50代の作品であるらしい。そして今や確認された現物は2000点を超え、マイクロフィルムを併せると優に2,500点以上あり、しかもまだ埋蔵されているものまで含めると、5,000はある、いや、もしかすると、10,000点あるかもしれないと、芳澤先生は興奮気味に語るのだった。それほど書いた白隠さんも凄いが、芳澤先生のエネルギーも凄い。たぶん芳澤先生のはたらきで、白隠さんのプロフィールはここ数年のうちに大きく書き換えられるのではないだろうか。白隠さんも、大変な人につかまったものである。


2月1日

 このところ、二度に亘って消防署に出かける機会があった。署長の話によると、全国の消防署にも合併して大規模化する動きがあるらしい。なんでも人口30万人以下の市町村の消防署は、30万人以上の行政区の消防署に吸収されることが推奨されているらしい。むろん、推奨しているのは国家であり、それは推奨というより強制にちかい。しかもこの3月までに、合併吸収の策定案を県に提出しなくてはならないらしい。大規模災害に備えて大規模消防署を、と国は云うのだが、日常のきめ細かなこれまでのサービスは当然失われる。田舎ほど、救急車の到着時間はどんどん遅くなる。南会津ではお産のできる病院がこの春からなくなることが確定した。首相は今日の国会答弁でも、いずれ道州制を導入したいと言っていたが、いったい何を考えているのだろう。ここに来て、日本に似合ったこれまでの制度が、音を立てて崩れだしている。お国柄に合わない制度が次々にお国柄を潰していく。現在の国家は、地方を踏みにじるだけでなく、日本という国柄をも踏みにじる組織であるらしい。道州制とはいったいどんな立派な国のマネなのか。


1

1月17日

 1月9日、吾が師匠である天龍寺の平田精耕老師が遷化された。11日にお通夜、12日が密葬だった。常々人に話していることでありながら、これほどに「諸行無常」を実感することもなかった気がする。頼まれた追悼文は二つ書いたが(「中外日報」1/22掲載予定、「毎日新聞」2/20掲載予定)、なんだかまだ実感がない。それにしても、今年はいろいろ大きな変化のありそうな年だ。変化そのものは、べつに良くも悪くもないのだから、冷静に歩きつづけたいと思う。


1月1日

 新年明けましておめでとうございます。
本年は戊子(つちのえ・ね)の年回り。60年前は1948年つまり昭和23年に当たり、戦後のベビーブームだった。戊の本意も「茂」に同じ。また「子」も本来「しげる、ふえる」の意味だから子だくさんになるのも無理はなかった。
 昔から、子は動物のネズミに喩えられる。ネズミは大国主命がスサノオの命に狙われ、平原に火を放たれたとき、その巣に匿って大国主命を救ったとされる。ネズミも「ねずみ算」と云われるほどに子だくさんだが、大国主命もなんと200人ちかく子供をもうけている。ネズミが住み着くとその家は豊かに栄えると云われ、後には大国主と大黒さまが習合し、米俵に乗った大黒さまの横にもネズミが祭られるようになる。じつにうまい組合せだが、果たして今、ネズミはそれほどに愛されているだろうか。
 どうも世の中の「一枚見識」が気になる。ネズミは家を荒らす不潔な悪い奴。それ以外の見方を知らないかのようなのである。
 そのような一枚見識を、禅はとても嫌う。合理的な一つの解釈に落ちついてしまったら、その心はなにも産みだしはしないからである。
 水到って清(す)むときは魚無く、人至って察するときは徒無し。
 非常にクリアで見透かされる水には魚も棲みにくいし、人もまた、一つの基準で解ったようなつもりで見られると育たない。水には陰翳が必要だし、人にもゆらいで相対化する余裕が必要なのである。
 まさか60年前のように、一気に少子化が反転するとも思えないから、今年はこのことを気にしながら暮らしてみたい。

 思えば「つちのえ」には陰陽煩雑する意味もある。陰陽こそ最大の相対化ではないか。
 絶対こうだ、これこそ絶対だと、思った途端に凋んでいく心の生産力。
 心も「戊子」として茂り増えていけば、それは「やほよろづ」になる。そのためには、この心を相対化する力こそ、絶対大切なのだ。あれ? なんか、おかしい……。そう、絶対は、絶対あってはならないのだ。
 このことを肝に銘ずるため、うちの茶の間に20年ちかく掛けてある短冊を紹介しよう。「仏祖乞命」。平田精耕老大師の筆だが、仏祖も命乞いをする、とはいったい何のことか。それは臨済禅師の言葉を憶いだせば分かる。仏に逢っては仏を殺し、という相対化の力を、我々は常に求められている。だから仏が命乞いをしているというのだ。
 ああ、絶対そうだ、なんて思わないでいただきたい。
 ともあれ、今年も何が飛び出すか、どうぞ宜しくおつきあいください。
 現在、元朝の午前1時半だが、まさに臘雪夜陰に白く映え、新春の生気が満ち満ちてくる。                 


平成戊子年元旦 
玄侑宗久 拝


2009年からの雪月花へ

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ラオス訪問記 9
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2004.12 2
2004.10-11 1

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