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12月30日

先日搗いたモチを、今日はお供えした。毎年のことながら、大きなお供え餅5カ所、小さなお供え餅十数カ所、松と共に無事供えることができた。床の間にはむろん達磨さん。それも3幅である。むろんそのまえの掃除が大変で、それが済んでようやく歳徳神を迎える気分になる。今日は日中摂氏4度だったが、これでも温かく感じるのだから今年はずいぶん寒いのだろう。そんなことを考えていたら枕経ができて、夕方出かけてきた。さても慌ただしい年の瀬。明日は朝から火葬場だ。しばらく葬儀ができないので、火葬にしてお待ちいただくしかない。

12月23日

雪の合間をぬって、餅つき道具を蔵から出してきて洗った。臼は欅だが、杵は梅の木がいい。千本杵は、昔その実から石鹸成分をとったという「えごの木」。この辺りでは「さんだめし」と呼ぶ。鼠茶色の表皮を一皮剥くとつやつやの肌が現れる。餅箱は杉板だが今は底にベニヤが張ってある。26日は毎年恒例の「餅つき大会」。小雪が舞うくらいはかまわないが、雨では困る。

12月13日

今年もカレンダーを配る季節になった。檀家さんを廻っていると、じつにさまざまである。曾孫が生まれて賑やかになっている家もあれば、つい先日まで元気だったのに、お爺ちゃんが寝たきりになってしまった家もある。ある家では山芋をいただき、別な家でそれをお裾分けする。町のなかをぐるぐる廻っていると、なんだか自分が血液か血管になったような気分だ。私を通して、何かが巡り、伝われば、とも思う。あ、そうそう。うちの檀家さんには102歳のおばあちゃんが二人いらっしゃる。お元気だったので、なんだか嬉しい。

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11月28日

先日、豊橋の豊川稲荷に行く機会があった。勧められ、ご祈祷をしていただいたのだが、ちょっと感動した。まずここは、稲荷さまを祀りながら神社を含んだお寺だということ。豊川閣妙厳寺という。本堂の横には大きな鳥居。その本堂の中はもっと凄い。大きな宝珠型の香炉の両脇にはお狐さまが向き合って鎮座している。ご祈祷中、内陣にまでご案内いただいたのだが、正面に大きな鏡がやはりお狐さまに脇侍されて祀ってあり、その奥にはなんと、お釈迦さまが祀られていたのである。おお、なんという「やほよろづ」。しかもご祈祷のお経に加わる太鼓のリズムが独特で、どこか知らない時空へ飛んでいくようだった。是非一度、ご祈祷をお受けすることをお勧めする。

11月20日

めっきり寒くなった。しかし月はめっきり美しくなった。まるで『禅語遊心』の表紙みたいだが、いやいやさすがにNASAが撮った写真には叶わない。うちの近くで昨日、雪が降ったらしい。私が見たのは霙だが、ともあれ暦に遅れてようやく冬の到来である。雪・月・花が揃った。花は菊だろうか。それからお茶の花も綺麗に咲いている。新ソバ・牡蠣・そしてお米の美味しい季節だ。肌寒く清涼な、この季節が好きだ。たぶん本人が清涼ではないからだろう。

11月10日

予想通り、山形は雨模様だった。しかしじつを云うと、山形まで行って戻る二日のあいだに、お陰で虹を6回も見てしまった。同じ虹を何度も、というのではない。晴れたり雨になったりをめまぐるしく繰り返したから、晴れるたびに虹が出たのだ。車で移動していたせいもあるのだろう、天気の変化は本当に頻繁だった。こんなに虹を何度も見たのは、生まれて初めてだ。それがどうした、と云われそうだが、やっぱり虹は不思議だし美しい。どうもしないが嬉しいのである。

11月6日

久しぶりの雨だ。今日は静岡県から戻ってきたのだが、福島県までずっと雨だった。今も部屋の外に、お寺の大きな屋根から落ちる雨垂れの音が聞こえている。とても静かだと感じるから不思議だ。人がなにかに意識して聴き入るとき、脳内ではニューロンを流れる電流の「同期」が起き、すぐに脱同期することでまた別なことが感じられるらしい。私の場合、この脱同期がずいぶんうまく機能しているようだ。今日は静岡県で結婚式だったのだが、明日はお通夜。しかしそれぞれの心情は混じり合わず、それぞれが秋雨のように深く、私のなかに浸透する。明後日の葬儀のあとはまた講演があるのだが、雨がずっと降りつづくとすれば、ずいぶんいろんな雨音を聴くことになるのだろう。べつに実験しているわけじゃないのだが、そうとも思える、ちょっと忙しい日々だ。

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10月30日

長野県松本市の神宮寺さんに行ってきた。ここは同宗同派では有名で、お寺の学校機能、福祉施設としての機能、また文化センターとしての機能まで回復していると云えるだろう。むろん葬儀における工夫も一入ではない。またさびれかけた浅間温泉に入り込み、そこで老人福祉も展開されている。しかもこうした活動と、著作活動が両立されていることに、私は驚きを禁じ得ない。今日は「尋常浅間学校」という場での対談だったのだが、およそ尋常ならざるお寺だと思った。それにしても「常を尋ねる」とは佳い言葉だ。『老子』には「常を知れば容る」とあるが、高橋卓志師は常を知ればこそあれほど自在なのだろう。今更羨ましいとは思わないが、凄いと思った。今後も、宗教界のネットワークのハブとして、大いに活躍してほしいと思う。

10月12日

先日、友人の晋山式というのがあり、北海道に行ってきた。晋山式というのはいわば正式に住職になったお披露目の儀式。山に晋むというのでそう呼ぶ。彼は学者さんでもあるが市民で構成する吹奏楽団にも属しており、宴席ではその吹奏楽団の演奏もあった。彼が担当しているのはチューバ。私はチューバがソロをとる演奏を初めて聴いた。ちょっと感動的だった。ナナカマドの実が赤いだけで、まだ紅葉には早かったが、佳い季節だと思った。いや、そう思ったのは、季節のせいではないのだろう。

10月6日

彼岸花の開花に関しては、いろんな方からの情報をいただいた。九州東海大学応用植物学科助教授、長野克也氏によれば、現在環境省が正確なデータを調査中であり、正確な回答はないものの、気温20度が開花の目安、ほかに土壌温度、帰化植物であるため土壌との馴染み具合なども関係しており、湿度、日当たりなどによっても変化し、どうも明確な基準はまだわかっていないらしい。そんなとき、特殊な地磁気のせいではないか、と云う友人がいた。なぜなら、北極と南極に同時にオーロラが見られるのは年に2回、春秋のお彼岸だけ。そんな特殊な地磁気に感応し、花開くのではないか、というのである。北から南下するという彼岸花前線を教えてくださった方もいるが、どうも実感に合わない。今のところこの地磁気説が最も魅力的に思えるのである。


2009年からの雪月花へ

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