11

11月13日

「文藝春秋」12月号に、お墓についてのインタビュー記事が載った。むろん自分の喋ったことだから、話した内容については責任をもつが、例によってタイトルやサブ・タイトルはよりキャッチーなものをと、編集者がつけたものである。「最近はやりの自然葬や永代供養墓に異議あり」という副題なのだが、べつに私は自然葬や永代供養墓そのものに異議を唱えているわけではない。詳しくは本文を読んでいただきたいが、要するに、そういう選択肢は可能でも、もうそろそろ選択肢を増やすだけでない考え方が必要ではないかと、申し上げたいのである。


11月4日

まもなく、「知るを楽しむ」の番組が放映になる。まだ3,4回目は編集中らしく、いろんな質問がディレクターからメイルで寄せられる。それにしてもインタビュー記事ならほぼ必ず校正させてもらえるのに、テレビはけっして事前に見せてはもらえないのは何故だろう。たぶん相手は、それによって一部の人の主観でねじまげられては困るから、とでも答えるのだろうが、やはりちょっとおかしい気がする。私がどのように放送されるかについて、私が事前にチェックできないというのは、変だ。おそらくそこには映像の強みが関係している。たとえ一部であっても、その発言をしたのは客観的事実と、誰にでも映る。文章と違って、そこを選んだディレクターの主観とは見えにくいのである。要は、映像作品を、ディレクターの作品として見るのは、かほどに難しいということだが、映像作品の功罪は明らかにディレクターやプロデューサーにある。いや、べつに言い訳しようというんじゃない。私はだんだん視るのが怖くなってきただけだ。いったいどんなことになっているのか、あ〜、恐ろしい。


10

10月14日

テレビでは分かりにくかったと思うので、うちのお寺の聯を解説しておこう。
「霊山の拈華、一場敗闕」(りょうぜんのねんげ、いちじょうはいけつ)「多子の分座、満面慚紅」(たしのぶんざ、まんめんざんこう)というのだが、霊山は当然お釈迦さまがよく説法なさっていた霊鷲山。そこで跡継ぎを決める際、釈尊はコンパラゲと呼ばれる花を弟子たちに示し、それを見てにっこり笑った摩訶迦葉に法を嗣がせたとされる(拈華微笑)。それを、仙がいさんは「一場敗闕」と云う。つまり大失敗だったというのである。しかも実際の嗣法の場面は、『五燈会元』などによれば、多子塔という塔の前で、釈尊が自分の椅子に分座することを摩訶迦葉に勧め(多子の分座)、さらに袈裟で覆ってひと目を憚りながら伝法したという。いったいぜんたい、どうしてそんな芝居がかった大仰なことをしたのか、きっと釈尊自身だって慚愧に堪えず真っ赤になって恥じているはずだ(満面の慚紅)と、仙がいさんは云いたいのである。こういった批判はなにも仙がいさんが初めてではなく、黄檗などもしたとされる。法とは、そんな秘密めいた大仰なものではなく、まっとうに修行すれば誰もが修めることのできるものだろう。だから、さあしっかり修行しようと、意気軒昂だった仙がい義梵は云いたかったのだろうと思う。なお「満面の慚紅」よりは「満面の慚惶」のほうが一般的である。


*仙がい/機種依存文字のため平仮名で記載しています。


10月9日


出光美術館まで仙がい展先日、東京の出光美術館まで仙がい展を見に行ってきた。やはり仙がいさんは最高である。じつは仙がいさんはうちのお寺にも訪れていて、本堂には仙がいさんが30代で書き残した聯が掛けられている。当時、うちの寺には仙がい義梵の兄弟子、物先海旭がいたためである。聯の言葉がふるっている。「霊山の拈華、一場敗闕」(りょうぜんのねんげ、いちじょうはいけつ)「多子の分座、満面慚紅」(たしのぶんざ、まんめんざんこう)というのだが、何のことだかお分かりだろうか。解説は来週の日曜、10月14日の「新日曜美術館」をご覧いただきたい。私も出演します。

*仙がい/機種依存文字のため平仮名で記載しています。

9

9月16日

先日、NHKの取材に応じて学生時代のアパートを訪れた。なんと30年前に住んでいたアパートが、そのまま今も残っているというのである。場所は東京の三田だし、そんなことがあり得るのだろうかと疑いつつ行ってみた。すると、本当に当時のままにあるではないか。大家さんは亡くなってその息子さんの代。私が住んでいた部屋は、今は大学に通う大家さんのお孫さんが勉強部屋に使っているという。窓からは、昔と同じように墓地が見え、窓の外に当時から立っていた棕櫚の木がずいぶん大きくなったように感じた。最後の住人が2ヶ月ほどしたら出て、そしたらアパートもやめるとおっしゃる。つまり、間一髪で私は間に合ったのである。私はNHKのディレクターに言われ、当時書いた文章や描いた絵を探して持参したのだが、不思議なことに当時の気分がありありと甦ってくるのを感じた。場所の力というものなのか。それともこれは小説的な想像力なのか。いやしかし、当時の私が今も私のなかに生き残っているのも確かなのだろう。いずれにしても私にとってそれは、得難い体験だった。大家さん、そしてお孫さんのお嬢さん、当日はご迷惑をおかけしました。ありがとうございました。

8

8月31日

青森県は下北半島、恐山まで出かけてきた。恐山の院代となっている南直哉師との対談のためである。それにしても恐山とは何という命名だろう。本来はアイヌ語で「うそり」が入り江を意味し、それが転じて「恐れ」になったらしい。ここには死者が生きている、というと妙だが、そこへ行けば死者に再会できるという信仰がある。「イタコ」と呼ばれる女性たちがその媒(なかだち)をする。それが仏教寺院の境内で仕事をするというのだから面白い。南師との対談はたぶん年内には刊行されると思うが、恐山ならではの対談になっていると思う。虚心に向き合えば土地の力も当然加味される。それも縁起ということなのだろう。

この対談は、2008年1月に単行本として発売となります。b3

8月24日

今日8月24日は地蔵盆、あちこちでお盆の最後の行事が行なわれていることと思う。お地蔵さんはたいてい比丘形というが、僧侶の姿をしている。地蔵盆とは、なんと地獄に堕ちてしまった僧侶に香華を手向けるというのだから驚く。どうして地獄に堕ちたかというと、あまりに熱心に仏教を学び、その該博な知識ゆえ、自らを正しいと思い込んだ罪だという。一心に勉学にいそしむ者の自信過剰という落とし穴を、仏教は見事に儀式として表現したのである。さても仏教は、周到な教えである。

8月9日

このところ、毎日のように雷が鳴っている。雨に繋がる雷よりも、降らない雷のほうが恐ろしい、というのは、昔からの言い伝えだが、今日は降らずにゴロゴロピカピカいっている。知人で電力会社に勤めながら雷の研究をしていた人がいた。あの電力を、なんとかストックして利用できないかと本気で考え、仕事として研究していたのだが、不運にも50代の若さで亡くなってしまった。降らずに雷が鳴ると、どういうわけか彼の存在を憶いだす。そうして、雨が降りだすとなんとなくホッとするのだ。
まるで龍を生け捕りにするような彼の研究は、やはり成功してはいけないような気がするのである。あ、降りだした。こうして雨が降るのは、龍が無事に逃げおおせたから、という気がする。今は彼も龍の背に乗って楽しんでいるのではないか。

7

7月21日

河合隼雄さんが亡くなった。昨年脳梗塞で倒れられたときにも驚いたが、今回もやはり驚き、悲しかった。直接お目にかかる機会はとうとうなかったわけだが、お忙しい身で『中陰の花』の文庫本に寄せていただいた解説が一層大切な言葉になった。ユング心理学が日本で好意的に受けとめられるようになった基盤は、ひとえに河合先生のタイジンの風格によるものだろう。割り切れないことの味わいを、教えるともなく教え続けてくださった。ご冥福をお祈りしたい。

7月5日

ホトトギスが盛んに鳴いている。ホトトギスが鳴くエリアにはカッコウがいないと云うが、なるほどこの辺りでカッコウは鳴かない。同じように、イノシシがいる地域には熊が出ないと昔から云われてきたのだが、このところ熊は所嫌わずの感がある。なんと、我が三春町にも出たのである。連絡を受け、早速猟銃をもった人々が集まったらしいが熊は逃げてしまった。しかしそれでもこの辺に熊は出ないはずだと強く主張する人々がいて、それならあれは着ぐるみを着た人間だったのか、と議論になっているようだ。猟銃は当たらなかったが、発射された。それほどの危険を冒してまで着ぐるみでふざけた人がいたなら、なんとか顔を見てみたいものだ。しかし、さぁ脱げよと迫り、どうしても脱げなかったら、どうしよう……?

6

6月20日

しばらく雪月花を更新しなかったら、安否をお気遣いいただくようなメイルが相次いだ。誠にありがたいことだが、私は元気である。ただちょっと、このところ講演やら対談で慌ただしく、またお葬式もあった。久しぶりに今日、清流沿いの道を歩く機会があった。かじか蛙の声が涼しげだった。山ではホトトギスも鳴いている。あと今月は、ホタルを見たい。この季節は、見たいものや聞きたい音が多い。天気によっても多彩な貌を見せるいのち豊かな季節だ。

6月4日

いつも著書の校閲等でお世話になっている福岡の野口善敬師はじめ、十数人の学究の皆さんのご労苦により、このほど中国書店から『竹窓随筆』が刊行された。これは明末を代表する仏教者、雲棲★宏の晩年の随想集だが、宗派を問わず、我々僧侶が座右 に置くべき本だろうと思う。監修は荒木見悟先生。恥ずかしながら推薦の帯文を再録させていただき、僧侶でない皆さんにもお勧めしたい。

万行を包む仏法の書!
「幅広いのに、奥深い。骨っぽいのに、柔軟である。 一言でいえば豊饒というしかない。持戒に励み、禅、浄、律、華厳、天台にまで深く通暁した雲棲★宏、晩年の精華がとうとう訳出された。充実した訳や語注も含め、豊かな達成に心から敬意を捧げたい。」

竹窓随筆 竹窓随筆 ー明末仏教の風景ー

雲棲★宏 著 荒木見悟 監修 宋明哲学研討会 訳注
 2007年6月発売  B5版/551頁  定価 6,615円(税込)
購入のお申し込みは中国書店まで。
TEL: 092-271-3767 FAX: 092-272-2946

B5版、定価6,615円の高価本だが、
9年かけて仕上げた内容は、充分おつりがくる。

 

<野口さんの書いた解説文>

『竹窓随筆』は、白隠慧鶴禅師が愛読した『禅関策進』の著者として知られる雲棲★宏の随筆集であり、全3巻、計427条からなる巨編である。
中国江南地方の仏教は、宋末から元代を経て明初に至るまで、国家の手厚い保護もあり五山十刹を中心にして隆盛を誇っていたが、明代、永楽帝が首都を北へ移して以降、見る影もなく衰退していった。その状況を打ち破り、明代末期に仏教の隆盛をもたらした最大の功労者が雲棲★宏である。
彼は、仏教の基礎とも言うべき戒律を復興し、修行法としての禅と念仏を鼓吹し、教学をも駆使して、雲棲寺(浙江省杭州銭塘県)で教化活動を繰り広げた。
★宏が雲棲で実施していた法要規範は、清代初期の禅宗にも大きな影響を与えており、隠元隆●(いんげんりゅうき)が日本に伝えた黄檗宗で使用されている『瑜伽焔口科範』も★宏の序刊本である。
その★宏が見た当時の仏教界の有り様を、理非曲直を明らかにしながら自ら記した書物が、この『竹窓随筆』である。明代末期における「仏教再生」の鍵が隠されたこの本は、現代において仏教再生を目指す僧侶の(=一般向けには「人々に」)、必見の書であろう。
文字 ●の部分は、たまへんに「奇」です。
★の部分は、ころもへんに「朱」です。

5

5月25日

ちくま新書『仏教と日本人』(阿満利麿著)を読んだ。これほど大上段なタイトルをつけられると、読まざるをえない。そして読んでみたが、面白かった。第1章「地蔵の頭はなぜ丸い」から第6章「葬式仏教」まで、私などとはまた違った論理なのだが納得させられてしまう。たぶん阿満氏の思いが深いからだろう。日本仏教の特異性を浮き彫りにした好著だと思う。ご一読をお勧めしたい。

5月18日

最近、差出人不明の手紙が届き、封筒を開けるとそこには「お賽銭箱殿」という包みが入っていた。中身はむろん現金であり、手紙はない。いったいどなたが送ってくださったのかも分からない。お賽銭だというのだからそれは当然かもしれないが、ちょっと気になっている。一言でいえば「お〜い、大丈夫かい?」という感じだろうか。有難く仏前に供えたが、その後は「もちつもたれつ基金」に繰り入れ、困った人々に使っていただくようにしたい。奇特な御喜捨に心から感謝申し上げたい。

5月9日

足利尊氏の没後650年の遠諱があり、記念講演のため久しぶりに嵐山の天龍寺にお邪魔してきた。毎年、花は同じように咲いているのだろうが、今回ほど境内の琉球ツツジが美しいと感じたことはなかった。ちょうど満開でもあるのだが、背後の嵐山の新緑も本当に美しいと感じた。修行中はそれどころではなかったということか、それとも歳をとったということか、それは不明だが、ついでのある方には是非お立ち寄りくださることをお勧めしたい。

5月4日

一年でいちばん大きな行事である大般若転読祈祷会がようやく済んだ。毎年、桜の季節はその準備に明け暮れるため、それが終わった新緑の季節がひときわ美しく感じられる。自然の色の豊かさは、今が一番ではないだろうか。北国住まいが最も嬉しく感じられるそんな季節、大好きだった岩手県の知人が、亡くなった。「ご愁傷さまです。そろそろご臨終ですよ〜」と、娘さんに話してから亡くなったらしい。亡くなるまでかっこいい方だった。

4

4月9日

いつも可愛いイラストを添えてくださる川口澄子さんだが、このほど2冊目の著書『東洋見聞録 医の巻』の刊行を記念し、福岡で個展が開かれる。4月19日から5月1日まで、「望雲」というギャラリーが会場である。会期中は、川口さんご自身も展示されるらしい。福岡ではちょっと私は行けないが、お近くの皆さんは是非お出かけになってみていただきたい。b3

4月2日

今日は旧暦の2月15日。お釈迦さまの涅槃会(ねはんえ)だった。毎年うちの寺では大きな涅槃図を本堂正面に掛け、「楞厳呪(りょうごんしゅ)」というお経を唱える。それにしても涅槃会が4月2日までずれ込んだのはここ20年で初めてのことだ。 通常こんなふうに旧暦が遅い年は桜の開花も遅れるものだが、どうも今年はそれも違うらしい。いろんなことについて、新しいモノサシが必要になっている今日この頃である。

3

3月27日

今回志の輔師匠との本が出たことを記念して、なにやら不思議なイヴェントが予定されている。「奇跡のライブ、卯月の風流」と題し、落語+講話+対談+音楽だそうである。私自身もどんなことになるのか見当がつかないが、詳しくはざぶとん亭風流企画のHPでお確かめいただき、左上の「チケット予約」からチケットは購入していただきたい。開催は4月26日。限定200名というから、まだチケットがあるかどうかは保証できない。


2009年からの雪月花へ

2008.8〜12 13
2008.1.1〜7 12
2007.12 11
2007.3-11 10
ラオス訪問記 9
2007.1-2 8
2006.8-12 7
2006.1-7 6
2005.10-12 5
2005.6-9 4
2005.1-5 3
2004.12 2
2004.10-11 1

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