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竹林精舎 書評 (執筆:鶴谷真氏)

福島在住の僧侶作家が描く原発事故と男女の結びつき

 阿武隈高地の西裾に抱かれた福島県三春町の福聚寺(ふくじゅうじ)住職にして芥川賞作家の玄侑宗久(げんゆう・そうきゅう)さんの小説「竹林精舎」(朝日新聞出版)が今年1月、刊行された。
 東日本大震災の大津波で両親を失って出家し、僧侶となった27歳の宗圭(そうけい)が福島県の山間部の小さな寺に住職として赴き、寺の経営と自らの恋に挑む物語。青春の締めくくりの時期が描かれ、実にみずみずしいが、福島第1原発事故の爆発事故に伴う放射能が宗圭たちを悩ませる。

主人公は福島県のお寺の住職

 時は東日本大震災から3年たった2014年の春から初夏にかけて。京都・天龍寺での厳しい修行を終え、宗圭は三春町がモデルとおぼしき福島県の「竹林寺」の住職として迎えられる。震災後、宗圭の胸中をざわつかせ続けてきたのは、大学時代の同級生だった美貌の千香(ちか)だ。
 宗圭と親友の敬也、その恋人の裕美、その高校の同級生の千香の4人は神奈川県での大学時代に親密に付き合ったが、ある少年の死をきっかけにバラバラになった。皮肉なことに、東日本大震災がきっかけとなって4人は絆を少しずつ取り戻していく。とはいえ、京都から東北へ戻る道中の東京で5年ぶりに千香と再会した宗圭は、彼女のある発言に心を乱して泥酔してしまう。
 なぜ生きるのかを読む者に考えさせる純文学でありながら、不幸な事件をきっかけに疎遠になった男女が福島で生き直していく道のりにはエンターテインメント性もたっぷり。そもそも本書の「『あとがき』に代えて」によると、玄侑さんは直木賞作家の道尾秀介さんの青春ミステリー「ソロモンの犬」の登場人物たちについて「青春の哀切な結末を、そのまま放っておけない気分になっていた」のだという。彼らの人生の「その後」つづったのが「竹林精舎」なのだ。

深まる「安心と不安」の対立

 さて、宗圭はまずはインターネットで低線量放射能の影響を調べようとするのだが、安全か危険かの意見は分断されている。全国各地の放射線量との比較から、福島は安全と言うべきエリアが広いのだと分かってくる。だが、科学的な「安全」と心情的な「安心」はまったく別の概念であり、どこまで行っても交わらない。公的機関がきちんと基準を示さず、判断が個人任せになってきたことが相まって、安全と危険、安心と不安それぞれの対立も深まるばかりだったのだ。
 図らずも福島で再び集うこととなった宗圭、千香、敬道(敬也の僧名。彼もまた出家していたのだ)、裕美は、低線量放射能の問題を真剣に話し合う。玄侑さん自身が科学論文に至るまで目を配って猛勉強を重ねた知見が盛り込まれており引き込まれる。そして、よそ者である4人の緊張や戸惑いを通して、既に現地では原発事故は千差万別の生活上の問題の背景のひとつに後退していることが浮かび上がってくる。寺を心のよりどころとして暮らす檀家(だんか)を葬儀や法事でこまめに訪ね、語らう日常を送っている作家ゆえの筆だろう。

坊さんにとっての結婚とは

 毎日新聞の取材に対し、玄侑さんは「実は本書のテーマは、坊さんにとっての結婚とは何か、と言ってもいい」と話している。
 宗圭は、京都時代に老師から与えられた公案(悟りへ至るための課題)である「至道無難(しどうぶなん)、唯嫌揀択(ゆいけんけんじゃく)」(仏道はなにも難しいわけではない。ただえり好みを嫌うだけだ)について考え続けているのだが、半世紀ほど前に竹林寺から出奔した住職の、徹底的に個の自由を押し通す生き方から重要なヒントを得る。千香への恋に悩む宗圭は公案に対して、どんな見解(けんげ)を打ち出すのだろうか。
 原発事故について「意味のある偶然くらいに考えたほうがいいと思う」との考えを示して宗圭をうならせた千香はといえば、宗圭が竹林寺で初めて葬儀を手がけることになる享年101歳の女性が戦争の時代に成し遂げた冒険にドーンと背を押される。何となく受け身で生きてきたように見える若い男女は内省に内省を重ねたうえで、偶然に身を委ねてジャンプするのだ。あの原発事故が二人の恋を後押ししているように映るのも新鮮だ。この優れた青春小説には、竹林をわたる爽やかな風が吹いている。

2018/03/09 毎日新聞

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書籍情報



題名
竹林精舎
著者・共著者
出版社
朝日新聞出版
出版社URL
発売日
2018/1/4
価格
1800円(税別)※価格は刊行時のものです。
ISBN
9784022515131
Cコード
C0093
ページ
312
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