うゐの奥山 第8回

忌み詞

 今でも受験前の人など、「すべる」「おちる」といった言葉は忌み嫌って使わないのではないか。使わないどころか、聞くのも見るのも嫌だから、もうここで読みやめる人もいるかもしれない。
 植物の葦は、「あし」が「悪し」に通じるから縁起でもないと、「よし」と呼ばれてややこしくなった。「ヨシ(葦)」と「アシ(葦)」が別な植物だと思い込んでいる人は、案外多いようだ。
 スルメをアタリメ、擂り鉢を当たり鉢などと呼ぶのもこの類だが、日本人はそれだけ言葉の力(言霊)を信じていたのだろう。 その時代独特の忌み詞というのもある。第二次世界大戦中には、全ての英語が敵性語として忌避されたから、英語そのものが忌み詞になった。アメリカ由来の野球など、その存続じたいが危ぶまれたが、ストライクは「よし一本!」、アウトは「だめ」と言い換え、選手も「戦士」と呼び、敢闘精神を強調することでなんとか生き残った。いまの野球やアメリカ文化の隆盛を見ると、隔世の感がある。
 また鎌倉時代、斎宮(さいぐう)だけで使われた「斎宮忌詞(いみことば)」というものがあり、これが大変興味深いのでご紹介したい。斎宮とは、即位する天皇のために伊勢神宮で奉仕する女官で、たいていは未婚の内親王などが選ばれた。川原で禊ぎし、その後野々宮と呼ばれる建物に一年間籠もって潔斎するのだが、その間の忌み詞だから厳重である。
 神に仕え、無事の即位を祈るため、不浄な言葉は無論のこと仏事にまつわる言葉も言い換えられた。例えば「死ぬ」は「直る」、「病」は「やすみ」、「寺」は「瓦ぶき」、「塔」は「あららぎ」、「墓」は「つちくれ」、「経」が「染紙」という具合である。
 じつに涙ぐましい努力だが、なかにはなんとも不思議な言い換えがある。「僧」は「髪長」と呼び、「仏」は「中子(なかご)」と言うらしいのだ。
 「髪長」は紛らわしすぎる気もするが、それより不思議なのは「仏(仏像)」の「中子」である。一説によれば、仏像は必ずお厨子に納まっているから、「その中の子」ということらしい。
 『徒然草』の兼好法師は、第二十四段でそのような慣習を批判するのではなく愛でている。曰く「斎宮の野宮におはしますありさまこそ、やさしく面白き事のかぎりとは覚えしか。「経」「仏」など忌みて、「なかご」「染紙」など言ふなるもをかし」。法師はその後、神社そのものの風情も愛で、心惹かれると述べている。
 忌む側が自ら退くこのような文化的工夫を、法師は神仏を超えて優美だ、趣があると讃えるのである。
言い換えてその存在自体は認める、受容するのが忌み詞だとすれば、「ゲンパツ」は受容されないのだろうか。「ゲンバク」と言い間違える人はいても、まだ言い換えた呼び名は聞いたことがない。

2012/11/30 東京新聞ほか掲載

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