うゐの奥山 第12回

効率と和合

 先日、奄美大島に行く機会があった。温かさもさることながら、仕事のやり方の違いに感じ入ってしまった。
 空港に迎えに来てくれたのはホテルの女性スタッフだったのだが、彼女の運転する車でホテルに着くと、四十代と思しき男性が迎えてくれた。どちらもスーツではなく、少し気楽な服装だったと思う。
 ロビーの椅子に坐って待っていると、先ほどの男性がお茶を運んできてくれた。愛嬌のいい彼は、館内の説明もしてくれ、近くの観光スポットやこの季節の天候などについても話してくれた。
 夕食に鶏飯という伝統料理をいただき、それから私は原稿の校正の仕事があったため、ホテルまで送ってもらっていたファクス原稿を修正し、フロントまでまた送信を頼みに行ったのである。
 そこまでは何もおかしくない。本土にいる場合と特に変わりはなかったと思う。しかしフロントに行くと、そこには先ほどダイニングで話した料理長がいるではないか。いや、料理長しかフロントにいなかったのである。まさか料理長にファクスを頼むわけにもいくまいと、私が逡巡していると、料理長のほうから「あ、ファクスですか。どうぞどうぞ」と声をかけてきた。不思議に思いながらも私は原稿の送信を頼み、かなり恐縮してしまったのである。
 しかし翌日にはもっと驚くことが起きた。女房が大島紬を見たいというのでホテル内の展示室を案内してもらったのだが、案内役は前日に空港まで迎えに来てくれた彼女だった。しかし女房の質問に窮した彼女が「詳しい者を呼びます」と言い、来てくれたのは前日お茶を持ってきてくれた男性だったのである。彼はじつに専門的なことも知っており、聞けば以前には大島紬の仲買をしていたという。しかもそれだけでなく、彼こそはそのホテルの支配人だったのである。
 夕食後にマッサージを頼むと、またしても空港まで来てくれた彼女ではないか。いったいこの島には部署という概念がないのかと呆れていたら、翌日行った大島紬の資料館で、いつも数人はいる織り子さんが、今は繁忙期の砂糖黍工場に出かけ、誰もいないという。
 よく考えると、これは奈良時代に朝鮮半島から「部の民」と呼ばれる職能集団が入ってくる以前の、「伴」という日本古来の仕事形態なのである。同じ職種の人が集まれば確かに効率は上がるが、競争意識が強くなりすぎて和合の感覚は薄れる。誰もが入れ替われるこの「伴」の形だと、それぞれの仕事の苦悩も皆が理解し、和合が保たれるのだ。
 要は分業の程度の問題である。今の郵便局もそれで悩んでいるようだが、和合のコツはどの程度で分業を止めるかにかかっている気がする。支配人がお茶を出すなど本土では考えられないが、平気でそれができる人々がいることも、忘れるべきではないはずである。

2013/03/31 東京新聞ほか掲載

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