うゐの奥山 第20回

節約の代償

 最近、友人のMさんに実際に起こったことである。彼は五十代だが、詩吟のリサイタルに誘われ、生まれて初めて詩吟というものを聞いてみようと思い、誘ってくれた人と共に東京行きの観光バスに乗り込んだらしい。
 東京まではスムースに行ったのだが、会場も近づいたあるガード下でバスが急に停まってしまった。その時は急停止の理由も説明されず、男性添乗員が慌ててバスの外に出ていくのを見送ったようだ。添乗員はなかなか戻ってこないし、後ろでは長蛇の後続車がクラクションを鳴らしつづける。いったい自分たちに何が起こったのかも分からず、バスの中は一種のパニック状態になったらしい。
 後で知らされたというのだが、じつはガード下を通る高さ制限が三・五メートル、観光バスの高さは三・七メートルだったのである。
 後続の車が数珠つなぎに連なっているため、バックも転回もできず、むろん二十センチもオーバーしていれば正面突破も考えられない。こんな時、あなたが運転手や添乗員だったら、どうするだろう?
 そう。お察しのとおり、誰かが警察に電話したらしい。しばらくするとパトカー一台と自転車で現れた一人も含め、四人の警官たちが道路を封鎖し、次々に車をバックさせ、しまいにはパトカーで先導しながらバスをバックさせてくれたのである。
 特に罰金や罰則は発生しなかったようだが、三百メートルほど手前にはちゃんと看板に高さ制限が大書してあった。それを事前に調べなかったバス会社職員の責任はあまりにも大きいと言えるだろう。
 しかも、なんとか窮地を脱したバスは、その後会場のすぐ近くまで行ってから、客も不思議がるほど狭い路地に進んだらしい。Mさんは後付けの一般車用ナビの案内のせいだと疑うのだが、とにかくそうしてしばらく進むと、突然路上駐車の車が行き先を塞いでいた。むろん東京のことだから、後ろにはもう後続の車が繋がっていた。
 ガード下の時には運転手たちに同情する声もあったらしいが、これにはさすがの客たちも呆れ果てた。あっという間に皆バスを降り、それぞれ歩いて会場までの道を急いだのである。
 聞けばバス会社を選ぶ際、三つの候補のなかから見積もりのひどく廉い会社を選んだらしい。Mさんはこれを通じて廉さを競い合う世界の恐ろしさを痛感したそうだ。
 なにを言いたいのか、というと、これから日本が突入しそうなTPPの世界、そして汚染水の処理が今なお東電という企業任せになっている現状の恐ろしさである。企業は利益追求集団なのだから、節約どころか手抜きも普通にあり得る。その代償が、はたしてバスを降りて歩く程度で済むかどうか、そこが気がかりなのだ。

2013/11/30 東京新聞ほか掲載

タグ:

トップへ戻ります