うゐの奥山 第30回

学術論文発表

 八月十四日、私も共著者に含まれる学術論文が、イギリスの『Journal of Radiological Protection』に掲載された。放射線防護に関する専門誌である。執筆したのは東北大学理学研究科の小池武志准教授だが、三春町の実生プロジェクトを代表して小池先生が書いた、というスタイルなのだろう。震災後に町民の安心を模索して実生プロジェクトは設立されたのだが、その副代表である私にまで記者会見への出席要請があったのである。
 共著者と括られる人々の論文への関わり方は、じつにさまざまだったと思う。原文は英語であるため、事前に校正原稿がまわってきてもそう簡単には読み進めない。内容も専門的であるため、途中でお手上げという人もいたのではないだろうか。かく言う私がそうであった。
 ただ記者会見当日までに、日本語訳のほうは読み込んでいたので、論文の主旨は理解しているつもりだった。私の理解によれば、その論文が扱ったのは、運よく得られた複数の震災後資料の解釈から、原発事故直後の被曝量を推定するには、テルル132が重要な要素であると示したこと。そしてテルル132の放出量はセシウム137の放出量と特別な相関があるため、セシウム137の値が分かればテルル132の総量も、特別なケースを除いて推定できると示したことにある。
 そうした分析をもとに、小池先生は、三春町が震災後に自治体として唯一安定ヨウ素剤を配布し、それを住民が服用したタイミングについて検証している。また早期から町内の子供たちがOSL線量計を身につけてくれたため、その測定値から十年間の被曝量も推定している。
 こうして読んでいただくと、学術的な発見はテルル132とセシウム137との特別な相関であり、それによって事故直後の被爆総量が推定できたことだとご理解いただけると思う。ヨウ素剤服用のタイミングの検証は、いわば副次的な成果なのである。
 しかし新聞報道では、テルルには一切触れられず、とにかく安定ヨウ素剤の配布・服用の問題として扱われた。折しも小保方晴子さんのSTAP細胞の論文問題もあり、学術論文についてのマスコミ報道の難しさを感じる経験であった。もとより、専門家が長年の研究の末に抱く疑問など、一般人にすんなり理解できるはずもない。しかしマスコミは、そこに何らかのニュース性を見いだし、とにかくその要点(と思える内容)を報道しなくてはならない立場なのだ。
 専門家でもないのに、報道のされ方で誤解も生じやすい論文の共著者など、なぜ引き受けたのか、と思われるかもしれない。それについては、要請された小池先生という人物への信頼、というしかない。彼は小保方さんが「STAP細胞の作製は、二百回以上成功しています」と言ったことに対し、私が感想を訊くと、「あんな言い方では駄目です」ときっぱり言った。「たとえば二百十三回成功しましたとか、二百二十七回とか、ちゃんと言わなくちゃいけません」。大まじめな彼の発言になにか感じていただけるようなら、ぜひ論文の御一読を。原文も日本語版も「三春実生プロジェクトHP」で読めます(http://fukushima-misho.com/miharu/index.php?id=51)。

2014/09/30 東京新聞ほか掲載

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