うゐの奥山 第52回

レジリエンスと「寿(ことぶき)」

 先日、横浜のパシフィコで第十六回日本抗加齢医学会総会が行なわれ、そこで講演する機会があった。事前に分厚いプログラムが送られてきたのでパラパラ眺めていると、「レジリエンス(resilience)」という言葉が目についた。
 以前にずいぶん馴染んだ言葉だと感じたのだが、なるほどそれは『阿修羅』(講談社)を書くため、精神医学の本を読みあさっていたときだと気づいた。
 レジリエンスはストレス同様、もとは物理学用語であり、ストレスが「外圧による歪み」を表すのに対し、「外圧による歪みをはね返す力」、場合によっては「外圧でも歪まない力」を意味する。「極度に不利な状況でも、平衡状態を維持できる能力」という定義もあるが、たしかに似たように不利な状況でも、ストレスの大小には個人差がある。要は「心のしぶとさ」の違いであり、それを心理学や精神医学ではレジリエンスと呼ぶのである。
 抗加齢医学と聞くと、どうしても「アンチ・エイジング」という言葉が浮かび、加齢に抗(あらが)うなんて無駄なことじゃないかとも思う。しかし「抗」にレジリエンスの意味合いを読み取れば、すっと諒解できる。つまり加齢をものともしない明るく肯定的な心の在り方ではないか。
 慶應義塾大学医学部精神神経科学教室の三村将(みむらまさる)先生は、私に『しあわせる力』(角川SSC新書)の内容に準じた講演を要請してくださった。どうやら「しあわせ」という和語の由来や変化を知るだけでも、心のレジリエンスは高まると考えてくださったようだ。
 私は「しあわせ」がもともと「仕合わせ」という受け身の対応力であり、その直観的対応力を歴史的に高めてきたことを検証した。しかし何と言っても「抗加齢」に直結するのは、「寿」に「ことぶき」という和語の訓(よ)みを当てたことではないだろうか。
 「寿」の本来の意味は「いのちながし」、だから一字で長寿を意味する。それを知りつつ日本人は、だったら「言祝(ことほ)ぎ(言葉にして祝う)」が大事だよね、と訓みに採用した。それが転訛(てんか)して「ことぶき」になったのである。
 男(女)に生まれ、この町でこの職業をして誰かと暮らすことも「めでたい」し「ありがたい」と思う。自分の境遇をまずは祝福し、あとは雨が降っても、事故に遭っても、さらには地震に遭い、ガンになっても、「良いお湿り」「この程度で済んでよかった」「人生を考え直せた」と、なんとか日本人は言祝ごうとする。ここでは好悪の感情が対等とは見做(みな)されず、好むことは能力だが、嫌うのは単なる欲望と捉えられている。限度はあるにしても、「寿」の一字で我々のレジリエンスは相当手厚く支えられている。

2016/07/31 東京新聞ほか掲載

トップへ戻ります