うゐの奥山 第79回

僧衣と運転

 昨年九月十六日、浄土真宗本願寺派に属する四十代の僧侶が、「僧衣で運転」していて福井県警に反則切符を切られた。「運転に支障がある衣服」を禁じた福井県規則への違反だというのだが、その後の県警の説明によれば、問題なのは僧衣そのものではなく、着方だという。僧侶はそのときくるぶし辺りまである白衣を身につけ、その上に袖丈三十センチほどの僧衣を着ていたらしい。県警としては、白衣の中で太腿や膝が密着していることや、袖がレバーなどに引っかかることに懸念を持ち、「運転に支障がある」(に違いない)と判断したのだろう。
 それに対し、全国の僧侶たちの反発が「♯僧衣でできるもん」とのハッシュタグでSNSに次々投稿され、ネット上でちょっとした騒ぎになっている。検索してみると、全国各宗僧侶によるさまざまな芸が動画でUPされている。縄跳びやジャグリング、スケートボードに剣玉など、なかには僧侶ではないものの日本刀の抜刀術を法衣で披露する人もおり、全体としてはユーモラスで、海外からもその多彩な芸が讃美されたりしている。要は、僧衣に「慣れれば」こんなことまでできるのだから、運転に支障はありませんよ、との婉曲な主張である。
 確かに、先の県警の説明を素直に聞けば、問題は着方と言うものの、結局は袖丈と長い裾そのものであるかに思える。そうなれば、袖丈が一般に一尺三寸とされる女性の着物だって問題になるだろう。白衣と和服の着(き)丈(たけ)は変わらないし、今回の袖丈は通常の和服より短い。
 「僧衣」と一括りにするとわかりにくいが、僧衣にもいろいろあり、今回切符を切られた僧侶の服装は、最も簡易な「布(ふ)袍(ほう)」と呼ばれる道中着のようなものだ。七條袈裟を着けていたというならともかく、あの略衣でダメだというなら、あらゆる僧衣は許されないことになってしまう。僧侶たちはだから必死に抵抗しながら応援するのだろう。なかには祭服姿のキリスト教の牧師さんまで写真投稿している。実際、私にしても、この違反が認められてしまうと枕経や葬儀に何を着て行ったらいいのか困ってしまう。行った先で着替えるにしても、さすがに作務着では行きずらい場所もあるのである。
 さて今回の僧侶は、じつはこの原稿の校正中に書類送検されないことが決まった。全国の僧侶たちの反応に県警が驚いたせいかどうかは知らないが、そもそも今回の問題には和服そのものへの無理解が伏流している気がする。切符を切った警察官の年齢はわからないのだが、相当動きにくいものと思っていたのではないだろうか。
 臨済宗の本格的な衣は、袖丈がおよそ七十三センチほどある。これは確かにばさばさして邪魔になることもあるため、運転やその他の作業中には「玉だすき」を掛ける。玉だすきとは、両袖の内側についた引っかけ紐で、一瞬のうちに両袖を背中側に集めることができる。宗派により、呼び方ややり方も違うが、それぞれ袖が引っかからないための工夫は、昔からいろいろしている。
 また運転席に坐るまえには裾を上げ、お尻の下に余裕をもたせるなど、足腰が動きやすくなるような工夫も結構している。そうしていると、特に運転に不便は感じない現状なのだが、その辺は若い警察官の皆さんにご理解いただけているだろうか。
 むろん、これを機会にもっと動きやすく格調も失わない法衣が発明されるならそれも悪くはない。しかしまずは現状を理解していただき、和服や法衣が外から見るより随分動きやすいのだ、ということをご理解いただくことが先決だろう。僧侶たちのSNS投稿も、そうした観点で笑ってご覧頂ければ嬉しい。
 どの国にとっても民族衣装は大切な文化だし、今よりもっと多くの人が着るようになってほしい。安全運転はむろん大切だが、着物という日本文化も守られていくことを望みたい。

2019/02/28 東京新聞ほか掲載

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