日本経済新聞にインタビュー掲載
(おしらせ・ 2020/3/10 )

日本経済新聞のサイトに「僧侶・作家 玄侑宗久さん 『祭り』『博打』で思考停止 震災9年 被災地ゆかりの人に聞く」が掲載されています。 […]

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光と影の両面 理解を共有
(インタビュー・ 2020/3/4 )

1月11日(土) 朝日新聞オピニオン欄「復興とは何でしょうか 玄侑宗久さんと『共に考えよう』」にて募ったご意見と玄侑のコメントが、2月29日(土)の朝日新聞「声」欄に掲載されました。玄侑のコメントを掲載します。ご意見は朝 […]

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あはれから無常への9年 危機を憶いださねばならない理由
(エッセイ・ 2020/2/12 )

 震災から9年が経とうとする今、あらためて震災以後の時間を振り返ってみたい。思えばこの火山列島に住む人々は、長い歴史のなかで多くの災害に遭ってきた。『方丈記』にも感じることだが、災害の多い境遇だからこそ培われた日本人なら […]

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Journalism2020年2月号に執筆しました
(おしらせ・ 2020/1/24 )

2月10日発売の朝日新聞社 Journalism2020年2月号 特集「原発と民主社会」に、玄侑の「危機を憶いださねばならない理由 『あはれ』から『無常』への9年」が掲載されます。 […]

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読売新聞福島版「災後の福島で」欄にインタビュー掲載
(おしらせ・ 2020/1/14 )

1月11日の読売新聞福島版「災後の福島で」欄にインタビュー「誇り高く『自前で』生きる。」が掲載されています。 ※読売新聞オンラインは読者会員限定公開の記事です。閲覧には登録が必要です。 […]

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走馬燈
(エッセイ・ 2019/8/31 )

 むかし修行道場にいた頃、だから三十年以上前だが、地上七メートルほどの木の枝から落ちたことがある。いや、枝からというより、枝ごとと言ったほうが正確だろう。栗の木の枝下ろしを近所から頼まれ、雨が降っているのに大勢で出向いた […]

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柔弱という強さ
(エッセイ・ 2019/4/10 )

 性格が強い、弱い、というのは、どうも分かりにくい。一般的には、自分の思いや主張を何が何でも通そうとするのが「強い」のだろうし、困難ならすぐにでも変化させるのが「弱い」のかもしれないが、本当にそうだろうか?  道場の先輩 […]

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「視標」東京五輪あと500日
(エッセイ・ 2019/3/12 )

オリンピックと「その他」 現世を忘れさせる祭か  2020年7月の東京五輪開幕まで、12日であと500日。大会組織委員会は聖火リレーを福島県から始めるなど、東日本大震災の復興に寄与する五輪をうたう。では被災県民の心情は- […]

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ネットとキノコ
(エッセイ・ 2018/11/25 )

 裏社会、というと、普通はヤクザやマフィアの世界を想うことだろう。しかしここで私が言いたいのは「ネット社会」のことである。最近はバッシングといえば自ずとネット上のことを想像する。いじめの多くもネットを介して行なわれている […]

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池さらい
(エッセイ・ 2018/8/31 )

 人「さらい」という場合は「攫い」と書くが、池「さらい」だと「浚い」になる。誠に日本語は厄介だが、先日その池浚いを久しぶりにしたので報告したい。  うちのお寺には何百年前からあるのかよくわからない池があるのだが、永年のう […]

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