自愛の作法
(エッセイ・ 2020/1/21 )

出版社 中央公論新社
発売日 2020-01-21
価格 880円+税
ISBN 9784122068186

香りと清浄心
(エッセイ・ 2015/3/28 )

 香だけはいくら贅沢しても、僧侶にとって贅沢とは言えないと、何度か聞いたことがある。近年では、臨済宗妙心寺派の管長だった山田無文老師がよくそう仰っていた。おそらくそれは香の魅力、いや威力、あるいは魔力を知悉されてのことだ […]

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「最後の希望」としての幽霊たち
(エッセイ・ 2014/10/17 )

 東日本大震災以後、東北の被災地では「幽霊」の目撃譚が非常に多く聞かれる。二〇一三年七月には京都大学「こころの未来研究センター」が「被災地の幽霊」を主題にしたシンポジウムを開いた。今や、幽霊が学術的な研究対象になる事態な […]

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「神秘」という名の救済
(エッセイ・ 2014/6/27 )

出版社 講談社
発売日 2014-06-03
価格 1900円+税
ISBN 9784063775327

「生きる」ことと記憶
(エッセイ・ 2007/5/28 )

 通常、記憶というのはコンピュータのメモリーのように、脳のどこかに固定的に貯蔵されているものと思いがちである。しかしどうもそうではなく、憶いだす瞬間に再構築されているらしい。  そのことは、ノーベル賞を受賞した神経学者ジ […]

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言語道断と自業自得
(エッセイ・ 2005/2/26 )

本意異なる日常語  仏教語のなかには、完全に日常語になっていながら、その意味は変わってしまったものも多い。  たとえば言語道断。これはよく「道」が「同」と間違って書かれるが、本来「道」は「いう」と読み、言語で道うことが難 […]

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ウォーキング・サピエンス
(エッセイ・ 2004/10/10 )

 最近はウォーキングがブームと云っていいだろう。歩くことが目的で歩いている人をよく見かける。  以前はジョギングが多かったが、ジョギングの発案者がジョギング中に亡くなったこともあり、代わって流行っているのがウォーキングと […]

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坐禅と瞑想
(エッセイ・ 2003/3/21 )

 先日、ご縁があってベルギーとハンガリーに行ってきた。主な用事は女房がブリュッセルで行う「こより」の展示の手伝い、そしてそれだけじゃなんだから、と設定されたブダペストでの私の講演だった。  そちらのほうはお陰さまで無事済 […]

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誠の花
(エッセイ・ 2003/3/3 )

 桜には、複雑な思いがある。むろん私とて、桜の美しさに単純に打たれないわけじゃないのだが、桜は私にとって、単に観賞する相手では済まない存在なのである。  うちのお寺には大正五年に、四人の檀家さんによって三百五十本のソメイ […]

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360度の虹 旅人の追憶
(エッセイ・ 2002/5/31 )

 昔から空は人間にとって不思議な場所だった。  たとえば雲も、中国人は初め山腹から出てくると考え、その穴を岫(しゅう)と呼んだ。しかしそれも変だと、龍という生き物を創造した。龍の動いた跡が雲になると考えたのである。竜巻も […]

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