書評 (執筆:道尾秀介氏)

テルちゃん

 すべての生き物の中で、感情的な涙を流すのは人間だけだという。
ものの本によると涙にはエンケファリンという物質が含まれていて、これがじつは天然の鎮静剤なのだとか。つまり人間は感情が昂(たか)ぶったとき、泣くことによって心の動揺を抑えようとしているのだ。
 結果、そこに生まれるのは何か。それはきっと、安堵なのだろう。
「テルちゃん」は、はるばるフィリピンからやってきた。日本人の男性と結婚して子どもを授かるのだが、この夫がある日ぽっくり死んでしまう。祖国から遠く離れたこの日本で、テルちゃんは高齢の義母を支えながら生きていくことになる。しかし彼女は涙など流さない。いつもニコニコ奮闘する。――どれだけ辛かったろうと思う。涙を堪えることは、安堵を自ら遠ざけることに他ならないのだから。
 誰かが遠ざけた安堵は、どこへ行くのだろう。それは必ず別の誰かのもとへ向かうのではないか。テルちゃんが我慢した分、彼女を見ている人々は大きな安堵を得ていた。
そして、その人々の中にはもちろん読者も含まれている。この物語を読み終えたとき、僕の胸にも、テルちゃんの祖国の海のように温かい安堵が広がっていた。こんな気持ちにさせてくれたテルちゃんに、心から感謝したい。そう思ったら、涙が出た。いくら涙を流しても、胸の中の安堵は大きくて暖かいままだった。
 安堵の涙は、きっと、晴れた日に吊すテルテル坊主のようなものなのだろう。

2009/01 本が好き! 今年読んだ『最高の一冊』

書籍情報



題名
テルちゃん
出版社
新潮社
発売日
2008/8/22
価格
1470円(税別)
ISBN
9784104456062
Cコード
C0093
ページ
218
当サイトURL


題名
【文庫】テルちゃん
出版社
新潮社
発売日
2011/2/1
価格(税抜)
400円(税別)
ISBN
9784101166551
Cコード
ページ
253
当サイトURL

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