インタビュー


えりすぐりの言葉を

(2020/07/01 共同通信からの配信記事 熊本日日新聞ほか多数の地方紙掲載)

新たな距離感つかんで  防疫は、差別を含んだ振る舞いだと思う。放射線は目に見えなくても測定できるが、ウイルスの有無は、すぐには分からない。だから、皆に対し、あるものだと思って接しないといけない。差別との線引きは難しい。 […]

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「離れてつながる」大仏に学ぶ 人が人を求める本質浮き彫り

(2020/06/24 朝日新聞(関西版)掲載)

 新型コロナウイルスとどう向き合うか。「コロナ禍」後の社会とはどんなものなのか。芥川賞作家で僧侶の玄侑宗久さん(64)に聞いた。  「感染症の防ぎ方がいったん過剰になるのは仕方ない。最初は『それじゃ離れすぎだろう』という […]

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光と影の両面 理解を共有

(2020/02/29 朝日新聞掲載)

2020年1月11日(土) 朝日新聞オピニオン欄「復興とは何でしょうか 玄侑宗久さんと『共に考えよう』」にて募ったご意見と玄侑のコメントが、2020年2月29日(土)の朝日新聞「声」欄に掲載されました。玄侑のコメントを掲 […]

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復興とは何でしょうか 玄侑宗久さんと「共に考えよう」

(2020/1/11 朝日新聞 オピニオン欄掲載)

 東京電力福島第一原発の事故で、多くの福島県民がさまざまな形で被災しました。なかでも子供・若者を支援したいと、「たまきはる福島基金」を立ち上げ、理事長になりました。「たまきはる」は万葉の「いのち」の枕ことばです。ドイツか […]

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忘れる=心の声聞くこと

(2019/12/10 朝日新聞「耕論」〈こうろん〉掲載)

 一周忌、三回忌、七回忌……そして、基本は五十回忌まで。日本の仏教が、長らく受け継いできた伝統の一つに「年忌法要」があります。  たとえ普段は忘れていても、節目の年に法要を営み、故人をしのんで一生忘れないようにする。同じ […]

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破局が生んだゆらぎ――玄侑宗久『竹林精舎』

(2018/01/10 三田文学 No.132(2018年冬季号)掲載)

慶應での学生生活 玄侑さんは慶應の中国文学専攻ということで、まず最初に慶應義塾での学生生活の思い出をお聞きしたいと思います。 大学時代は物を書きたいという気持ちがちょうど高まっていた頃です。当時、生き方に迷っていてそれを […]

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禅が教えてくれること

(2012/08/04 SQUET掲載)

いつでも心が自在に動くように――固く結んだ「私」をほぐし、思い込みをそぎ落とす ものごとを決めつけるのではなく、「ゆらぐ」ことの大切さを説く玄侑宗久師。 安易な答えではなく、矛盾や渾沌を抱えて歩むことで、人は強くなれる。 […]

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報道機関 追求の気概を

(2011/09/11 毎日新聞掲載)

 震災から半年がたつ。災害心理学では、この時期に「蜜月期」から「幻滅期」に移行すると考える。被災者たちが力を合わせて困難を乗り越える「蜜月期」が終わり、政治や行政などの大胆な施策なしには立ちゆかない「幻滅期」に入るのであ […]

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“閉じる社会”も大事 適正規模の生活守れ

(2011/08/26 日本農業新聞掲載)

 今の社会は市場経済が隅々まで行き渡り、大規模なシステム化が進んでいる。農業も例外ではない。工業製品と同じ感覚で消費者からは、均質な農産物が求められている。大量にできると、質に関係なく価格が安くなる。一部には有機野菜への […]

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無常の価値を、見直す時代

(2011/08/07 読売新聞掲載)

震災後、多くの人が心のよりどころを求めています。こうした中、仏教の果たす役割とは? 作家で僧侶の玄侑宗久さんを福島の福聚寺にたずね、仏教の魅力について伺いました。 寛容さが日本仏教の特徴  仏教はインドから中国を経て日本 […]

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全身が響くようなことば、心から思うことば

(2011/07/01 宣伝会議掲載)

 今回の震災で負った心の傷を緩和するために、どういうことばが適切か。政府や多くの企業が選んだことばは、「がんばれ」だった。崩れたものをどうにか元の形に戻し、全身から抜けた力を集めるためには、確かに、震災直後は有効だったか […]

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福島から意見発信 東北の風土守る復興を

(2011/06/07 静岡新聞掲載)

東日本大震災発災直後から、メディアやブログを通じて発言を続ける。 生まれ育った福島県三春町にとどまり、日々刻々と変化する状況を見つめながら  本当に残酷な状況。心身を支えるための労働ができず、朝から何もやることがない。ア […]

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自分を見くびってはいけない

(2011/06/05~26(全4回) asahi求人Web掲載)

第1回 迷う時間の大切さ 宗教か、文学か私は長く悩み続けた  10代の頃には、ものを書きたい気持ちが生まれていたのですが、その一方で家を継いで坊さんにならなくてはいけないのかという重い気分も抱えていました。答えを出しよう […]

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避難生活の中で生まれた苦しみの共有と絆

(2011/04/28 女性セブン掲載)

 福島第一原子力発電所から45kmの福島県三春町。そこに暮らす作家であり、禅宗の僧侶である玄侑宗久さん(55才)はいう。 「非日常を続けていくことはあまりにストレスなので難しい。だから、そこから日常に戻ろうとするのはある […]

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揺れるやじろべえの重し

(2011/04/26 日本経済新聞掲載)

 玄侑宗久さんが済む福島県三春町は福島第1原子力発電所から45キロ。あらゆる業種が風評被害を受け、自殺者も少なくないという。  「放射能へのおびえ、リストラ、余震。生きる地盤そのものが揺れている。津波とは別種の災害がダメ […]

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官房長官、保安院、東電… 情報一元化して公表を

(2011/04/08 東京新聞掲載)

放射能漏れが続く東京電力福島第一原発。政府や東電は、事故処理について記者会見を開き、さまざまな数値を公表する。メディアもそれを報じているが、地域住民をはじめ世界の人々に「必要な情報」を提供しているだろうか。住民の避難指示 […]

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骨と血で生き直せる

(2011/04/02 読売新聞掲載)

 私が住んでいる福島県三春町は東京電力福島第一原発から約45キロ・メートル圏。震災当初は目を覆うばかりの津波の被害に呆然としたが、今は原発の脅威をひしひしと感じている。岩手県や宮城県は復興へ向けて動き始めたが、福島県はま […]

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何も言えない、でもここが道の原点

(2011/03/30 河北新報掲載)

東日本大震災をわたしたちはどう受け止めればいいか、自らも被災した福島県三春町の福聚寺住職で作家の玄侑宗久さん(54)に聞いた。 天明の大飢饉以来  被災者全体に向けて言える言葉なんかありません。身元確認も供養もできないご […]

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祈り 人々の支えに

(2011/03/25 日本経済新聞掲載)

 私の寺は福島県三春町にあり、強震でお墓や六地蔵が倒壊した。幸いライフラインは生きており、福島原発の危機から逃れた1千人を超す人々が避難所で暮らしている。被災者が被災者のお世話をする困難な状況だが、仏の心が至るところで芽 […]

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本当にとどまっていいのか

(2011/03/19 朝日新聞掲載)

 私の住む福島県三春町は、福島第一原発から約45キロにある。原発近くで被災した私たちにとって、刻々と事態が悪化する原発事故に関する情報が圧倒的に不足している。  どのテレビ局も、原発事故の状況をほかの避難状況や被災現場の […]

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