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エッセイ


日曜論壇 第108回 粘り強い知力

(2023/01/29 福島民報掲載)

 先日、双葉町の東日本大震災・原子力災害「伝承館」で、二日にわたる興味深い催しに参加した。初日は伝承館の上級研究員である開沼博さんと私との対談、そして夜の懇親会を挟み、二日目は参加者も交えた全員の「対話」である。開沼さん […]

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『紫野』連載エッセイ 第2回 授戒と白木槿(しろむくげ)

(2023/01/01 『紫野』第62号(臨済宗大本山大徳寺)掲載)

 先日、三年前に旦那さんを亡くされた奥さんが、自分も受戒して戒名を授かりたいと、手紙をくださった。早速日程を決め、授戒会を行なったのだが、私自身「戒」について考える良い機会だったのでご報告したい。  戒は本来、生前に授か […]

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天真を養う 第13回 「一」という体験

(2023/01/01 墨 2023年1・2月号 280号(芸術新聞社)掲載)

清巌宗渭筆「一」一大字 清巌宗渭 慶應義塾蔵(センチュリー赤尾コレクション) https://objecthub.keio.ac.jp/object/298  最近は自他の違いに目を向け、多様性を尊重するのがトレンドらし […]

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日曜論壇 第107回 政教癒着

(2022/11/20 福島民報掲載)

 ロシア正教トップのキリル総主教は十月末に行なった説教のなかで、プーチン大統領を「主席エクソシスト(払魔師)」と称し、「反キリストを掲げる者に立ち向かう闘士」だと讃えた。  「エクソシスト」といえば昔見た悪魔払いのオカル […]

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特集「モノ、こだわり、ストレスを手放そう。『捨てる』と人生が好転する!」 苦楽の尾ひれを捨てる

(2022/11/10 月刊PHP No.895 創刊75周年12月号掲載)

 『老子』第十章に、次のような言葉がある。「生(しょう)じて有(ゆう)せず、為(な)して恃(たの)まず、長(ちょう)じて宰(さい)せず、是(これ)を玄徳と謂(い)う」。要は「徳」についての規定で、最も深遠な徳(玄徳)は、 […]

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天真を養う 第12回 修行の階梯

(2022/11/01 墨 2022年11・12月号(279号)(芸術新聞社)掲載)

「十牛図」 陶山雅純摸 原本:狩野探幽筆 江戸時代 東京国立博物館蔵 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)  「天真を養う」という言葉は不思議である。天真は以て生まれた命そのもの […]

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特集「心ととのえる書」 そこに自由はあるんか?

(2022/11/01 墨 2022年11・12月号 279号(芸術新聞社)掲載)

 「心ととのえる書」という特集名を見て、私はあらためて「心ととのえる」とはどういうことだったかと、考えてしまった。  私が属する臨済宗妙心寺派では、生活信条として次のような言葉を掲げている。「一日一度は静かに坐って、身( […]

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特集 マインドフルネスとコンパッション 梯子と階段とエスカレーター

(2022/10/05 精神療法 Vol.48 No.5(金剛出版)掲載)

 今回いただいたテーマは、「マインドフルネスに対する批判と今後の展開~禅の立場から」である。どうやら私がマインドフルネスを批判するものと決めてかかっているようだが、……どうしようか。  期待どおり批判するのが礼儀かもしれ […]

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日曜論壇 第106回 国葬儀?

(2022/09/16 福島民報掲載)

 何年か前から都市部の一部の葬儀社が「火葬儀」というパッケージを売り出した。会社によっては「火葬式」と呼ぶところもある。何のことはない、これまで「直葬」と呼び、お通夜も葬儀も行なわずに火葬するだけのやり方を、尤(もっと) […]

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天真を養う 第11回 撥草参玄

(2022/09/01 墨 2022年9・10月号(278号)(芸術新聞社)掲載)

「撥草」 沢庵宗彭 紙本墨書 一幅 32 x 57 ふくやま書道美術館蔵  「撥草」は「バチクサ」と読めばペンペン草のこと。実の形が三味線のバチ(撥)に似ているため「なずな」をそう呼ぶのだが、ここでは無論そうではなく、『 […]

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『紫野』連載エッセイ 第1回 心の安全保障

(2022/07/01 『紫野』第61号(臨済宗大本山大徳寺)掲載)

 和語はじつに面白い。古代の日本人は「心」のことを「うら」と呼んだらしく、「うらやむ」は「心(うら)病(や)む」で、元は主に愛情関係における嫉妬を意味していたらしい(白川静『字訓』など)。  自分もそうでありたいという願 […]

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僊厓(せんがい)―洒脱と禅― 「渋柿」時代の仙厓義梵―洒脱以前の身心行脚―

(2022/07/25 季刊 禅文化 265号掲載)

はじめに  通常、仙厓義梵(せんがいぎぼん・一七五○~一八三七)といえば、書画に長けた洒脱(しゃだつ)な禅僧として知られる。もっと言えば、四十歳で博多聖福寺の住職になってからの、「博多の仙厓さん」としてである。  天保八 […]

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