エッセイ
写真集 つきをゆびさす 前文 指の真面目(しんめんもく)
(2023/10/10 写真集 つきをゆびさす掲載)
下瀬さんの写真をしばらく眺めているうちに、なんとなく「偶然と必然」という言葉が浮かんできた。偶然に満ちた現実に、広く開かれた心の門戸を感じると同時に、それを扱う手つきと技術には必然とも言うべき方向性と手堅さが見える。そ […]
天真を養う 第18回 「今ここ」の歓喜
(2023/11/01 墨 2023年11・12月号 285号(芸術新聞社)掲載)
智入三世而無来往 月船禅慧 成田山書道美術館蔵 わが三春町には享保の頃、豆腐屋が百八軒あり、索麺(そうめん)打ちが二十三人いたという。人口六千五百人程度の町には些か多すぎるが、これは恐らく安居(あんご)のための備えだろ […]
日曜論壇 第112回 成熟した精神
(2023/10/08 福島民報掲載)
自室から眺める竹林に、大きな水木(みずき)が見える。東北では「こけし」作りに使われる木で、早春に大量の水を吸い上げるため枝を切ると水が流れ出る。それで水木と呼ぶらしい。階層状の白い集合花も清々(すがすが)しいが、秋に葉 […]
天真を養う 第17回 言中響あり
(2023/09/01 墨 2023年9・10月号 284号(芸術新聞社)掲載)
隠元隆琦筆一行書 隠元隆琦 慶應義塾蔵(センチュリー赤尾コレクション) この連載の何よりのありがたさは、思いもよらぬ凄い墨跡に出逢えることだ。今回も隠元和尚の雄渾な書に接して歓喜した。しかもこの言葉、私の大好きな言葉で […]
日曜論壇 第111回 環境整備
(2023/08/06 福島民報掲載)
ここ十年以上、うちのお寺では境内や墓地に草を生やす努力を続けてきた。長年草を毟(むし)りつづけた土壌は硬くなり、雨を吸い込めなくなって桜の下枝が枯れはじめたからである。 草や苔(こけ)の生えた地面は柔らかさを取り戻し […]
特集 草野心平 死んだら死んだで生きてゆくのだ。
(2023/07/14 詩とファンタジー No.46掲載)
草野心平さんと聞けば、やはり蛙を憶いだす。たしか大学生の頃に国立劇場で声明(しょうみょう)の会があり、そこで高野山の僧侶による「かえるの歌」を聞いた。これがあまりに衝撃的だったのである。 そのとき比叡山の僧たちは伝統 […]
天真を養う 第16回 無常と循環
(2023/07/01 墨 2023年7・8月号 283号(芸術新聞社)掲載)
仙厓 「滝図自画賛」 紙本墨画 一幅 136.2×30.2 東京国立博物館蔵 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/) 「ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」と『方 […]
日曜論壇 第110回 危険な便利さ
(2023/06/04 福島民報掲載)
このところ、平穏な日常を突然脅(おびや)かすような事件が相次いでいる。「ルフィ」の指示による全国の強盗事件、あるいは銀座の店での白昼の狼藉(ろうぜき)など、何の因縁もない人々を突然に巻き込む凶悪犯罪である。安全でモラル […]
特集 宗教×文学 宗教って何?
(2023/05/31 季刊文科92号掲載)
数年前、カトリック教会の神父さんたちに招かれて講演する機会があった。講演の前後に伺った話では、日曜学校に人が集まらなくて困っているという。恰度東日本大震災の二〇一一年頃からスマートフォンが爆発的に普及しはじめたが、時期 […]
天真を養う 第15回 なんとかなるさ
(2023/05/01 墨 2023年5・6月号 282号(芸術新聞社)掲載)
「五言草書幅」 愚極礼才 紙本墨書 一幅 91×31 ふくやま書道美術館蔵 宋代に達磨関係の文書をまとめた『少室六門集』に次の文章がある。「吾れ本(も)と茲(こ)の土(ど)に来たり、法を伝えて迷情(めいじょう)を救う。 […]
日曜論壇 第109回 文化の力
(2023/04/02 福島民報掲載)
ロシアがとうとうウクライナの図書館を破壊しはじめた。いわゆる「焚書(ふんしょ)」で、ウクライナを文化ごと滅ぼそうというのだろう。 焚書といえば始皇帝の「焚書坑儒(こうじゅ)」を憶(おも)いだす。実用書以外の諸子百家の […]
同期の桜、桜の同期
(2023/03/01 うえの 2023年3・4月合併号掲載)
冬の境内を歩いていると、よく桜の枯れ枝を見つける。木枯らしに耐えかね、折れたのだろう。土に還ることを想い、私はそのまま歩き去る。昔から「桜切る莫迦、梅切らぬ莫迦」などと言うが、桜の古枝はこうして厳しい自然が静かに淘汰し […]