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なつかしの街、上野

 上野について書くようにとのご依頼だが、私は上野に住んだこともないし友人が住んでいるわけでもない。職場だったこともなければ近くの学校に通ったわけでもない。そもそも私に上野について書く資格などあるのか、と思えるのだが、なぜか二つ返事で引き受けてしまった。これもおそらく上野の魔力である。
 つい先日も、横浜に用事があって上京したのだが、早めに出たせいもあり、特に用事もないのに上野で降りた。不忍口から出てふらふら公園のほうに歩いていったのだが、まるで笛吹きおじさんに従いてゆく子供のような気分である。
 人間に喩えるなら、無口で包容力があり、しかし世間的には不器用でうだつも上がらず、道楽好きな小父さんといったところか。
 笑顔がよくて、笑いかけられるとなんとなく勇気が湧いてくるような気がして、つい近づいてしまうのである。
 自分なりに分析してみると、上野に惹きつけられる理由は、一つにはキリッとしていないせいかもしれない。この街に行くと、キリッとすることが「格好つける」だけのように思えるのだ。
 多くの外国人をはじめ、老若男女貴賤共々、皆格好つけずに過ごせる街なのではないか。それぞれが自分の素直な感情を発露しているように見えるのだが、思い込みによる勘違いだろうか。
 不忍池周辺まで歩いてゆくと、途中にはポルノ映画館があり、そこを横目で通り過ぎて下町風俗資料館のほうへ向かうと、必ず複数の野良猫を見かける。以前、不忍池をめぐる小説(『祝福』筑摩書房)を書いたとき、その辺りは随分観察したのだが、あの猫たちを養っているのはその日暮らしの浮浪者たちなのだ。お金持ちのほうがやさしくできる余裕はありそうだが、実態はけっしてそうじゃない。上野に行くとそんなことまでわかってしまうのである。
 お昼も過ぎていたので、その日私は昔何度か行ったことのある中華料理店に入った。やはり受付に、社長と思しき男性が坐っていた。「どこでも空いてる席にどうぞ」と言われ、「はい」と答えて店内に向かったが、いまどき社長が受付とお会計を見る店などあるだろうか。いや、上野にはあるのである。中では若い男女の従業員が料理や生ビールのジョッキなどを忙しく運び、厨房も賑やかだ。
 それから私は動物園の前を通って東京国立博物館に向かった。途中の大道芸も眺め、多くの外国人とすれ違いながらチケット売り場に辿り着くと、「40分待ち」と看板が立っていた。
 私は時間を確かめ、横浜の集合時刻から逆算し、意を決して「中尊寺金色堂」特別展に並ぶことにした。もしも40分以上待つことになれば入場を諦めるしかないが、そのときは私もなぜか大らかに待ってみたかったのである。結果は40分待ちで観賞時間は30分だった。
 どうしてかは知らないが、上野では全てが「なつかしい」時間になる。長い行列に並ぶ時間もである。そういえば、生まれて初めて見た映画「猿飛佐助」にもこうして並んだのではなかったか……。
 「なつかし」という感情は、日本人に特徴的なものらしい。『万葉集』には「夏樫」と書かれるが、それはつまり、「なつかし」という意味の漢字を見つけられなかったからだ。思えばその後に援用される「懐」という文字に「なつかしい」あるいは「なつかしむ」の意味はない。革命によってそれ以前を全面改変する中国には、いわば「なつかし」という感情が不要だったのだろう。
 「なつかしさ」に包まれる上野は、それなら万葉以来の何かを残した、日本のなかの日本ということにならないだろうか。
 うだうだ書いたが、何はともあれ私は上野が好きなのである。

2024/05/10 うえの 2024年5・6月合併号(創刊65周年記念号)

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