走馬燈
(エッセイ・ 2019/8/31 )

 むかし修行道場にいた頃、だから三十年以上前だが、地上七メートルほどの木の枝から落ちたことがある。いや、枝からというより、枝ごとと言ったほうが正確だろう。栗の木の枝下ろしを近所から頼まれ、雨が降っているのに大勢で出向いた […]

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鱗敷
(エッセイ・ 2019/7/31 )

 お寺の改修工事も終盤にはいり、いよいよ境内の敷石を直しはじめた。  禅寺の敷石の基本形は「鱗敷(うろこじき)」といい、正方形の板石の角と角とを突き合わせて置く。歩幅が合わないと歩きにくいため、先代住職(つまり私の父)が […]

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敷地内引越し
(エッセイ・ 2019/6/30 )

 このところ、福聚寺は引越しで慌ただしい。そんなことを電話で答えたら、「えっ、お寺が引越しですか」と驚かれた。なるほど、通常は引越しといえば、別な場所に移り住むこと。まさかお寺が引越すとは誰も思わないだろう。実際、私が申 […]

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半僧坊
(エッセイ・ 2019/5/31 )

 三月の初め、浜松市奥山の方広寺に出かけてきた。道場の先輩である安永祖堂老師の晋山式(しんさんしき・住職就任のお披露目の儀式)に随喜するためである。安永老師は天龍僧堂を出たあと、国際禅堂の師家(しけ)あるいは花園大学の教 […]

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マレーシアでの「同期」
(エッセイ・ 2019/3/31 )

 先日、年に一度だけの休暇旅行で夫婦でマレーシアに行ってきた。震災後しばらくは海外に興味が向かず、たいてい国内の離島や温泉が多かったのだが、なぜか急に行ってみたくなったのである。  べつに、マハティール氏が九十二歳で首相 […]

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僧衣と運転
(エッセイ・ 2019/2/28 )

 昨年九月十六日、浄土真宗本願寺派に属する四十代の僧侶が、「僧衣で運転」していて福井県警に反則切符を切られた。「運転に支障がある衣服」を禁じた福井県規則への違反だというのだが、その後の県警の説明によれば、問題なのは僧衣そ […]

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さようなら
(エッセイ・ 2019/1/30 )

 日本人の挨拶はとても味わい深いと思う。「こんにちは」では昨日までと違う今日が期待され、今日こそ心機一転また出直すことが促される。仏教的には「寂滅現前」で、昨日までの自分を寂滅させ、新たに生まれ直すのである。震災後は特に […]

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金と銀
(エッセイ・ 2018/11/30 )

 その昔、金と銀とは対等で別な価値と考えられていた。貨幣に用いた基準も、西日本では銀本位、東日本では金本位だった。  両者を測れる共通の物差しはなく、金の価値観で見れば銀はくすんでいるが、銀にすれば金の光り方など嫌らしい […]

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壁と三和土の魅力
(エッセイ・ 2018/10/31 )

 建築用語には古来の和語もあれば、外来の言葉もある。代表的なものとしては、「塀」や「柵」や「門」などが中国伝来の漢語。どうやら外との仕切りについての日本人の興味は、中国人に比べると些か希薄だったように思える。そういえば「 […]

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「陰翳」の功徳
(エッセイ・ 2018/9/30 )

 陰翳といえば、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を抜きにしては語れない。これは昭和八年に書かれ、前後半に分けて発表されたのだが、今読んでも、というより、今こそ非常に面白く読める文明論である。  建築や庭、器、食事、歌舞伎や能、そ […]

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