インタビュー


自分を見くびってはいけない

(2011/06/05~26(全4回) asahi求人Web掲載)

第1回 迷う時間の大切さ 宗教か、文学か私は長く悩み続けた  10代の頃には、ものを書きたい気持ちが生まれていたのですが、その一方で家を継いで坊さんにならなくてはいけないのかという重い気分も抱えていました。答えを出しよう […]

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避難生活の中で生まれた苦しみの共有と絆

(2011/04/28 女性セブン掲載)

 福島第一原子力発電所から45kmの福島県三春町。そこに暮らす作家であり、禅宗の僧侶である玄侑宗久さん(55才)はいう。 「非日常を続けていくことはあまりにストレスなので難しい。だから、そこから日常に戻ろうとするのはある […]

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揺れるやじろべえの重し

(2011/04/26 日本経済新聞掲載)

 玄侑宗久さんが済む福島県三春町は福島第1原子力発電所から45キロ。あらゆる業種が風評被害を受け、自殺者も少なくないという。  「放射能へのおびえ、リストラ、余震。生きる地盤そのものが揺れている。津波とは別種の災害がダメ […]

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官房長官、保安院、東電… 情報一元化して公表を

(2011/04/08 東京新聞掲載)

放射能漏れが続く東京電力福島第一原発。政府や東電は、事故処理について記者会見を開き、さまざまな数値を公表する。メディアもそれを報じているが、地域住民をはじめ世界の人々に「必要な情報」を提供しているだろうか。住民の避難指示 […]

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骨と血で生き直せる

(2011/04/02 読売新聞掲載)

 私が住んでいる福島県三春町は東京電力福島第一原発から約45キロ・メートル圏。震災当初は目を覆うばかりの津波の被害に呆然としたが、今は原発の脅威をひしひしと感じている。岩手県や宮城県は復興へ向けて動き始めたが、福島県はま […]

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何も言えない、でもここが道の原点

(2011/03/30 河北新報掲載)

東日本大震災をわたしたちはどう受け止めればいいか、自らも被災した福島県三春町の福聚寺住職で作家の玄侑宗久さん(54)に聞いた。 天明の大飢饉以来  被災者全体に向けて言える言葉なんかありません。身元確認も供養もできないご […]

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祈り 人々の支えに

(2011/03/25 日本経済新聞掲載)

 私の寺は福島県三春町にあり、強震でお墓や六地蔵が倒壊した。幸いライフラインは生きており、福島原発の危機から逃れた1千人を超す人々が避難所で暮らしている。被災者が被災者のお世話をする困難な状況だが、仏の心が至るところで芽 […]

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本当にとどまっていいのか

(2011/03/19 朝日新聞掲載)

 私の住む福島県三春町は、福島第一原発から約45キロにある。原発近くで被災した私たちにとって、刻々と事態が悪化する原発事故に関する情報が圧倒的に不足している。  どのテレビ局も、原発事故の状況をほかの避難状況や被災現場の […]

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我々僧侶にいま何ができるだろう

(2011/03/19 週刊ポスト掲載)

 これほどの地震は経験したことがありません。私の寺は福島県三春町にありますが、山門脇の塀や灯籠、六地蔵が倒れ、お墓では墓石が信じられないような場所に吹っ飛びました。  もっと北部や浜側の被災地にあるお寺の被害はさらに甚大 […]

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共同トイレきれいに

(2011/03/14 読売新聞掲載)

 経験したことがない揺れでした。寺の山門脇の塀や灯籠、お墓も倒れました。墓石はただ倒れるだけでなく、信じられないような場所に吹っ飛んでいます。  原子力発電所の危険から逃れる人が私の町にも大勢押し寄せています。避難し終わ […]

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「情緒」で人を裁く恐れ

(2009/03/05 北海道新聞掲載)

 どの宗教も基本的に「人は人を裁けない」と考えます。 キリスト教で裁くのは神のみですし、仏教は破門しても人として生きていけないようにすることはない。  国は「私の視点、私の感覚、私の言葉」で裁判への参加を国民に呼びかけて […]

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許す心(10)

(2009/01/15 読売新聞掲載)

もう少し社会や人間に寛容になれたら─。そんな思いで、この連載を始めた。「許す心」が求められる背景には、自己責任を強調するあまり、他者への配慮を欠き、余裕を失ってしまった時代の風潮がある。どうしたら、相手を思いやり、寒々と […]

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