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東京新聞 文化面 取材ノートから (執筆:東京新聞記者 三品信氏)

ビールと味噌煮込み

 文壇のパーティーで玄侑宗久(げんゆうそうきゅう)さんを見かけた。ごちそうを召し上がり、手にはお酒のグラス。初対面だが、こうしたとき余計な一言をつい発したくなる。失礼ですが「葷酒(くんしゅ)山門に入らず」ではないのですか?
 余計な解説をすれば、僧侶は修行のために葷(ニラやニンニクのような強い野菜)だの、お酒だのは遠ざけるという決まりのこと。要は、軽い嫌みである。
 目を大きく開いて、作家は答える。あなたはいったい何を言っているのかと、いかにも驚いたふうに「ここは、山門の外ですが」。
 僧侶として、文学者として立つ前から自問と自省を重ね、さまざまな仕事について世の中を見つめてきた人。新聞記者の幼稚な問いなぞにはびくともしない。すぐに好感を持った。
 死後の世界を想像した二〇〇三年刊行の『アミターバ』。人はなぜ死ぬのか、死んだらどうなるのかを追求した翌年の『リーラ』。そうした作品の取材で、この人が暮らす福島県三春町の名刹(めいさつ)・福聚寺(ふくじゅうじ)を喜んで訪ねるようになった。
 そのたび、宇宙物理学をはじめとする博識さに驚かされた。「仏教語が語る世界を、そうじゃない言葉に移し替えたい」という志にも心をひかれた。〇九年、私は東京から名古屋に転勤して福島への足が遠のいたが、東日本大震災が起きたとき、メールで連絡をしてみた。何かいるものは?
 答えは「ビールと名古屋の味噌(みそ)煮込みうどん」。
 またお酒ですか-という嫌みを察知したのであろう。ビールや味噌は放射性物質の排出によいとする論文があると教えてくれた。知らなかった。すぐ調達に出かけた。
 のんきなことを書くのはこれぐらいにしよう。今年九月、作家は本誌への寄稿で「福島よりお金なのか」と訴えた。一語一句に共感した中で、特に印象に強い部分を読み返したい。
 《五輪の東京開催をアピールする東京のプレゼンテーションは「日本は安心で安全」と強調するばかり。オリンピックの障害としての福島、という構図ができあがったように思える》
 実際に、五輪招致に疑問の声が被災者から上がると「いつまでも被害者ぶるな」という心ない意見が投げつけられた。もしかしたら原発よりも、放射線よりも恐ろしい人間の心を見つめながら、きっと作家は今日も三春町で書いている。

2013/11/21 東京新聞

タグ: 東日本大震災