竹林精舎 玄侑宗久著 書評 (執筆:清水良典氏)

恋と放射能汚染が迫る選択

二〇一一年の東日本大震災の津波で両親を亡くした青年が、葬儀をしてくれた一人の僧侶の澄んだ「氣(き)」に感動して弟子入りを志願する。三年後、出家して宗圭(そうけい)と名を変えた彼は、新米住職となって福島県の過疎地にある「竹林寺」という無住寺に赴任しようとしている。しかし放射能の汚染が、そこはまだ心配な地域である。また檀家の数も少ない場所で住職として寺の経営ができる自信もない。さらにもう一つ大きな悩みがあった。大学時代から親しく付き合った仲間の一人の女性に、彼は密(ひそ)かに思いを寄せていたのだ。

僧侶に俗世間や煩悩を離れたイメージを我々は抱きがちだが、ここに登場するのは僧侶とはいえ青春ただ中の普通の若者である。それには理由がある。

じつは本書は、道尾秀介の青春ミステリーの傑作『ソロモンの犬』に感銘を受けた著者が、震災の三日前に続編を書く許しを道尾本人から得て書き始められていたという。震災を経て、構想は大きな変更を余儀なくされた。そんな数奇な変遷を辿(たど)ったことで、青年の不器用な恋を軸に、被災地のその後を生きる人間像がここに出現したのである。ただし『ソロモンの犬』の内容は丁寧に辿り直されているので、たとえ同書を読んでいなくても困ることは全くない。

被災地を生きる者にとって放射能の問題は深刻だ。本書の主題の一つがそこにあることは間違いないが、著者はきわめてドラスティックに議論を展開する。様々な専門家の意見を参照した挙句(あげく)、安全か危険かの判断が真っ向から対立して、どちらを信じればよいのかわからない状況が浮かび上がる。そのなかで自主避難する者と故郷に留(とど)まる者との不幸な分断が拡大するばかりだ。少なくとも檀家を抱える寺の住職は、逃げ出すわけにはいかない。
どちらの意見にも与(くみ)せず、放射能を「幻」と考える、という大胆な考えも出てくる。結果的に青年僧侶は、愛する人と汚染地区で生きる「大きな賭け」を選択する。もちろん異論反対が出ることを著者は百も承知だろう。その選択が楽観から生まれたとは思えない。故郷を汚染された者の、救いのない怒りを超えた末の、未来を向いた笑顔がここにある。

2018/03/03 日本経済新聞



題名
竹林精舎
出版社
朝日新聞出版
出版社URL
発売日
2018/1/4
価格
1800円(税別)
ISBN
9784022515131
Cコード
C0093
ページ
312
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