観音力(かんのんりき)

紙書籍



出版社
PHP研究所 
出版社URL
発売日
2009年2月25日
価格
1100 円+税
ISBN
9784569706160 
Cコード
 
ページ
207 ページ
内容
変化の時代を生きる、無限の「応化力」について語った講演録。
観音さまに正しさなどない。
ただ状況に応じ、因縁に従い、自由な心そのものとしてどこにでも現れる。
いわば最も活溌な状態のあなたこそが、観音さまなのだ――。
※講演とエッセイを組み合わせた本です。
本文から
たとえば著者は次のように述べます。「彼の観音力を念じて、それが発揮されれば、いろいろと信じられないことが起こって自分の住む世界を変えてくれると、『観音経』には書かれています。観音力というのは、自分の中に眠っている他人の共振力、コミュニケーションをする力ですね。それに何度も呼び掛けるわけです。本来、そういうものが我々の中にはあるわけですから、それが出て来さえすれば、いろいろなことが変わっていく、ということです」(本文より)。
もくじ
はじめに
 
一 観音力ということ―今ここに大いに応ずる
仏像は人間のさまざまな能力の象徴
観音さまはガンダーラから来て、補陀落山に住んでいる
人間の欲求によって、様々に姿を変えた観音さま
日本の「八百万」とはピッタリの相性
西洋の「ペルソナ」では善い個性しか認めない
人間は、状況次第でどうにでもなるもの
説教の長さは効果に反比例する
白隠さんの観音力
植物は大地に根を張って「応化力」を身につけた
「誰かのせい」と思った途端に不幸になる
「本来の私」なんて、どこにもいない
二 ふたたび観音力ということ―いのちは自ずと同期する
観音さまは出世頭
相手に応じ、三十三に変化する
日本の初代の神様が三人いる理由
「生る」という和語に、観音さまがフィットした
パーソナリティとは「神様のかけら」
むすんでひらく「出来心」
拠り所にしてきた見方をチャラにする力
十五歳の少年になれば、老眼は治る
われわれの体は空っぽである
原因は山ほどあって、特定できない
他の生命に合わせようとする「同期」の力
相手を好ましいと思えば働く「応化力」
コントロールの発想は心が汚れる
予想外のことが起こらないシステムは死んでいる
年をとるのは「気のせい」である
「いま」に居続けるために
三 白隠さんの観音力―やほよろづに遊戯する
自らが命の主人公になる
観音さまは「遊戯」のように人助けする行動派
「やほよろづ」を「不二」に見つめた白隠さん
四 慈悲と智慧ということ―観世音と観自在
我々の同化する力を呼び覚ます『観音経』
我々自身の中にある「対応力」と「認識力」
五 観自在ということ―『般若心経』をめぐって
智慧がもてれば、慈悲はおのずと現れる
観自在とは「私」から離れて見ること
死んでいく最中にも「私」は変化する
「始まり」もないし、「終わり」もない
死のポイントも、社会的な約束事
「私以外」が汚い
増えないし、減らない
うまいもないし、まずいもない
長年築き上げた「でたらめ」で世界を見ている
この世で一番痛いのは「私」
読経と坐禅によって「私」をほどく
法然さんが起こした「口称念仏」という革命
威張った下宿人のような存在が「私」
子どもと年寄りは神に近い
「縁起している自分」を感じ続ける
六 念彼観音力―すべては無尽に繋がっている
敵味方、関係なくお祀りする伝統
恵比寿さんは、海に流された子どもだった
十一面観音は、良好な人間関係の象徴かもしれない
日本語の「人間」は、中国では「世間」という意味
脳内のネットワークが人間関係の理想
人間力を支えるのが「ご近所力」
身体や脳は、他人と同期しようとする
さかんに同期しているとき、会話は無内容になる
「私」を取っ払う工夫をしたのが宗教
ネットワークの全体に供養するから、功徳や御利益がある
我々はみんな、血がつながっている
重重無尽に映り合う「インダラの網」
おわりに

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