日曜論壇 第68回

第三者の「推認」

 このところ、第三者委員会というのが流行っている。東京都知事だった舛添要一さんで有名になった感があるが、じつはその前の猪瀬直樹知事の問題のときも、また小渕優子元経産大臣の会計処理問題でも活躍した。
 舛添知事のときは、「第三者に検証してもらう」と言われた時点で驚いた。自分しか知らない問題が多いのに、いったい第三者に誰が説明するのか。中間に人が入るだけややこしくなるのではないか、そう思ったのだが、どうもそうではないらしい。
 元検事というその弁護士は、法律に精通し、東京地検特捜部の副部長だった肩書きを活かし、「違法ではない」と、いかにも自信ありげに語るのだ。しかしこれ、弁護料を舛添氏側から頂く弁護士の仕事なのだろうから、じつは第三者でも何でもない。「第三者委員会」とは言葉の詐術なのである。
 「ああ、またか」。そう思ったのは福島第一原発の「炉心溶融」問題だった。当初から1号機から3号機までは「炉心溶融(メルトダウン)」していたのだが、当時の清水社長が「炉心溶融」という言葉を使わないよう指示したという調査結果を、第三者検証委員会が発表したのである。
 これは東電に不利な発表だし、一瞬、第三者的な冷徹な見方だと思うかもしれない。しかし報告書をよく読むと、「官邸側から要請を受けたと理解していたと推認される」とあり、当時の総理や官房長官に何ら聞き取りすることもなく、責任を官邸に転嫁しているのが見えてくる。なるほどやはり、クライアントに奉仕する忠実で優秀な弁護士の仕事ぶりではないか。
 そして興味深いのは、猪瀬氏、小渕氏、舛添氏、さらに東電の「炉心溶融」問題でも、同じ人物が「第三者」に入っていることだ。
 それにしても「推認」とは面白い言葉だ。手許の辞書によれば「すでに分かっていることをもとに推測し、認定すること」を意味する法律家独特の用語だが、「(推認)される」と表現されると主語がぼやける。推測などしていないで聞きに行けばいいのは無論だが、自分が推測し認定したことさえ「推認される」と無主語で言う。これこそ「第三者」として引っ張りだこの佐々木氏の才能なのだろうか。
 世の中には確かに利害の伴わない第三者が存在する。しかし普通の感覚からすれば、二手に分かれた当事者のどちらにも与しない意味と思えるのだが、これらの問題では第一者と二者さえはっきりしない。こんな第三者があり得るのだろうか。
 法律の素人がこんなことを書いては行き過ぎかもしれないが、自分では判断できないので、問題があれば第三者委員会を設置し、徹底的に厳しい目で検証・推認してもらうつもりである。

2016/07/10 福島民報掲載

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