「遇」とは思いがけずめぐり会うことだが、相手は好ましいものや名君など、幸運な出逢いである。反対の場合は「遭」を使い、合わせて「遭遇」という。夢から醒めた誰かは、きっと素晴らしい相手に出逢ったのだろう。
人の出逢いは探しているものに左右される。人の欠点を探せば必ず見つかるし、美点を探せば美点が見つかる。どちらを探すつもりかで、人生の出逢いは大きく変化するのではないだろうか。
「希望の一文字」も今年は十年目、しかも「亥年」。全ての可能性を含んだ「核(種)」に戻る時節だ。人生を左右する大きな出逢いがきっとあるはずである。(玄侑宗久)
画像は三春まちづくり公社 観光部様のツイッターより