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働き盛りは明日を目指す~分からないものは分からないままでいい~

 優しいけれど怖い、透明なのに混沌(こんとん)、柔和でいて鋭利‥‥‥。玄侑宗久さんの目は、相反する人間の心理を映し出しているようだ。
 「宗派を超えて、総論としての仏教とは何か、宗教とは何かを、若い時から考えてきました。分からないものは分からないままでいい。今はそんな心境です」。
 ものごとをすべて包み込むような奥行きのある声で、禅僧は語った。
 旧城下町の三春町、鎌倉時代末期から続く臨済宗福聚寺の副住職。昨年7月、小説「中陰の花」で芥川賞を受けた。中陰とは、この世とあの世の中間にある世界。既成仏教の僧侶と民間信仰の「おがみやさん」との交流を軸に魂の行方を描き、読者に新鮮な感動を与えた。
  生と死、光と影、聖と俗、正統と異端‥‥‥。文壇デビュー作「水の舳先(へさき)」以来、一貫して相反する二つの世界を題材にしている。
 生があるから死があるという安易な図式ではない。生と死を丸ごと背負い込むような、しんどい姿勢。二つの世界「あわい」を文学の力で浮かび上がらせることで、宗久さんの作品は、現代日本文学の中で独特の位置を占める。
 例えば、受賞後に発表された「アブラクサスの祭」(新潮2001年9月号)。
ロック音楽におぼれ、薬に頼る僧侶が念願のコンサートを開く。自分は何者なのだろうと迷い続けた彼は演奏中、「おまえはそのままで正しい」という神の啓示を受け、恍惚(こうこつ)となる。しかし、彼の揺れ動く思いを知り尽くしている妻は、演奏を聴きながら「ないがまま、ないがまま」と念じる。
 宗久さんは語る「今の日本人は、そのまま、あるがままという言葉に縛られていやしませんか。無数の自分があるという意味で、連続した自分なんて本当はない。だから、あるがままっていっても、どの自分か分からないんです」。
 例えば「化蝶散華(けちょうさんげ)」(新潮2001年11月号)。
化蝶とは金銭を指す隠語だ。主人公の僧侶は、ゴムの先物取引で親の一億円を勝手に引き出し、すべて失うという経験を持つ。物欲にまみれた俗世間の金銭が、宗教界では浄罪として扱われる反語的な世界が展開される。金銭を軸として聖と俗の「あわい」が、ドストエフスキーの「罪と罰」を想起させる。
 福聚寺に生まれ、高校生のころから新興宗教を含め様々な宗教を遍歴した。慶応大を卒業後、英語教材のセールスマン、ナイトクラブのマネージャー、コピーライターと様々な職業に就く。二十七歳で出家した時には、仏典と一緒に聖書や精神分析学の本も持参した。懐の深さは、このころから芽生えつつあったようだ。
 芥川賞を受けた後、初めて書き上げた小説が近く、文芸誌に掲載される。人工透析を受ける妻と家族の物語だ。この小説を執筆中、宗久さんはずっと体調を崩していた。体は重く、声がかすれる。書き終えた時、体調は元に戻っていた。
「死を迎えつつある人や家族に寄り添いたい」。常にそう願う宗久さんは執筆中、確かに人工透析の主人公と「共振」していた。身をやつしてまで相手に寄り添おうとする、文字通りの「優しい」僧侶となった。「次の作品では、人が死に至るまでの過程を綿密に描きたいと考えています」。
 今、日本中に「癒(いや)し」の言葉がはんらんする。魂の安らぎという効き目を求めて、宗久さんの作品に接するのもいいだろう。
 しかし、宗久さんは人間を総体として描く。登場人物は皆迷い、もがき、苦しむ。人の心の混沌として受け止めることが出来るかどうか、読み手にもある種の覚悟が必要だ。
 もっとも、宗久さんは笑って、こう諭すかもしれない。「小説の決まった読み方なんて、ありません。肩に力を入れずに、ないがまま、でいいんです」。

2002/4/5 朝日新聞(福島版)掲載

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