塾員インタビュー

世界を照らす/独立自尊 玄侑宗久さんインタビュー

臨済宗妙心寺派、福聚寺の副住職を務める玄侑宗久さん。作家としても活躍し、2001年には『中陰の花』で芥川賞を受賞している。そんな玄侑さんに、慶應大学時代の思い出から、「禅」の世界観について話しを聞いた。

多くの経験へて禅の道へ

玄侑さんご自身の、慶應大学時代の思い出をお聞かせ下さい。

私は、あまり真面目に学校に通ったほうではありませんでした。そもそも慶應を選んだのも、早稲田を選ぶか慶應を選ぶか迷っていたときに、実を言うとコインで選びました。そうやって決めてしまった後で、慶應文学部は教養課程が一年しかないことが分かり、慶應で良かったと思いました。教養課程が嫌だというわけではありませんが、専門を少しでも早くやりたいという気持ちがありました。しかし、何を専門にするかが決まらず、フランス語とアラビア語と中国語を大学一年生の時に平行してやりました。最終的に中国文学科(以下、中文)に進んだのは、一年間中国語を学んでみて、進み具合が全く違ったのと、外来語を漢字で当てはめる音写が面白かったからです。
 私が学生だった頃、中文は全部で十人強くらいの人数でした。それまでは、中文は一学年で数人しかいなかったんです。私が中文に入った頃から、これから盛んになるであろう中国との貿易を見越して入るような人たちが出始めました。私は一九二〇年代の現代演劇に興味がありました。それが最終的には卒論になりました。

その時は、進路としてどちらの方面に進もうとされていたのでしょうか。

やはり、物を書きたいと思っていました。しかし、就職試験を受けないのもどうかと思い、共同通信と第一広告社の就職資料を取り寄せました。しかし、結局二つとも受けませんでした。そして大学を卒業しました。教職を取れと言われましたが、教職も取る気はありませんでした。なるべく自分を追い込みたかったのです。
 卒業した後、しばらくは何かを書きたいと思っていて、結局正式に最初に就職したのは埼玉県のゴミ焼却所でした。ただ、在学中から所属している事務所があり、コピーライターもやっていました。コピーライターは特定の商品の開発から加わるのですが、こういうものができたと発表するわけです。それなどはかなりの収入がありました。
 ただ、言葉を何とかしたいと思っていましたから、広告関係での売り言葉を続けていたら、自分が摩耗していくような気がしたのです。そこでゴミ焼きをすることにしました。ゴミ焼きをすることで、言葉に飢えるだろうと思ったからです。ゴミ焼きをしながら物を書いている時期が二年くらいありました。
 ゴミにはあらゆるものがありました。動物の遺体までありました。一回にショベルでつまむ量は一・五、六トンくらいです。その中には必ずストッキングがぶら下がっていました。ゴミを通して人間を見ることができる、面白い場所でした。
 その職場で大変だったのは人間関係です。刑務所帰りの人、会社を倒産させて逃げ込んで来た人、出稼ぎで帰らないままになっている人、そういう人たちが職場の仲間だったので、付き合うのに物凄くエネルギーが要りました。
 在学中にも様々なことをやりました。いわゆる土方だとか、英語教材のセールスの他、塾の先生もやりました。
 中文は人数が少ないので、とてもアットホームでした。住んでいる所まで、お互いが知っていました。授業を欠席した際、電話がかかってきたこともあります。藤田先生という三田のお寺の和尚さんにはずいぶんご心配をかけました。小規模だったので、ありがたいことがいろいろありました。

僧侶の道を選んだのは、いつ頃だったのしょうか。

大学を出るときは、僧侶になろうとは思っていませんでした。ただ、仏教・禅をはじめ、その他の宗教にはとても興味を持っていました。家がお寺だったため、家を継ぐことには抵抗がありました。しかし、いろいろな宗教を訪ねて行くうちに、禅が魅力的に思えてきました。禅が一番広いと思ったのです。禅寺は世襲ではないので、継ぎなさいとは言われませんでしたが、無言のプレッシャーはやはり感じていました。そのプレッシャーに反発するためにいろいろ勉強し始めたのだと思います。特に、他の宗教に出入りするというのは物凄い反抗だったと思います。しかし、親はそれを黙認していました。それは、たいしたものだと思います。

共時的な捉え方が必要な時

現代は、非常に生きにくい世の中にも思われますが、「禅」の世界観から見たときに、現代人にはどのような生き方が必要でしょうか。

個人の閉塞感というのは、目的論的な生き方による閉塞だといえます。「自分はこうなるんだ、こういう人生を目指したい」。しかしそれは、人間が頭の中で考えている選択肢です。実は、我々はもっともっと大きなうねりの中に存在しています。
 人生という大きな流れの中では、人生観の転換というものがあってもいいと思います。つまり、共時的なうねりの中で生きていくことです。

具体的には、どういう生き方になるのでしょうか。

たとえ、我々が自分の人生について考えたとしても、いま自分が考えられることというのは、たいしたことではありません。現実には、もっと突然の事態が起こります。理屈で説明できないようなことに遭遇します。つまり、自分が設計した人生とは違うような出来事の方が、多い訳です。
 そして、そういう出来事の方が、我々の人生をもっと大きくダイナミックに変化させていきます。つまり、それに身を預ける生き方。いい加減のようにも聞こえるかもしれませんが、共時的な現象というのは、理屈ではなく、みな何か関連性があります。
 たとえば、縄文土器が、世界のあちこちでほぼ同じ時代に創られました。あるいは、ビタミンCが発見されたのは一九五六年ですが、同じ年に、日本人とイギリス人が研究していて、ほぼ同時に発見しました。ただ、発表したのがわずかに早かったため、イギリス人の発見になりました。これをどう解釈すべきでしょうか。とても、偶然とは思えません。他に、遺伝子の研究にしても、ワトソンとクリックの二人が一九五三年に発表しましたが、その当時、遺伝子の研究をしていたのは、彼らだけではありません。同様に、いま私が考えているのと同じようなことを考えている人が必ずいるはずです。

つまり、思いやイメージが伝わるということでしょうか。

遺伝子に、私の持っている能力がインプットされるとします。それは、本人にとって、習慣化、身体化したと言っていいくらい当たり前のことになった時ではないかと考えられます。そして、内部情報として遺伝子化したのと同時に、それは遠く外部にまで発信される。東洋でいう「気」と考えてもらってもいいのですが、ある種の電磁波として情報が発信されるのではないでしょうか。
 「百匹目のサル」という話があります。宮崎県の海岸に住んでいる猿の群れが、毎日、えさとしてサツマイモをもらっていたのですが、一匹のサルが、サツマイモを海で洗って食べたら、塩気がついておいしいということを知りました。他の猿がどんどんまねをしていき、それが百匹目になりました。つまりメジャーになった。日本全国の海岸でも調べてみたところ、なんと全部の猿の群れで、サツマイモを海で洗って食べる猿が出現していたのです。今の科学の基本は因果律です。ですから、それも偶然というしかありません。しかし、私は共時的な捉え方、つまり、あるところで行われていることが、同時に、別のところでも行われていることに何らかの関係性がありうると考えています。それを思えば、自分の人生を目的論だけで進めていくというのは、非常につまらないことに思えてきます。
 目的論や因果律というのは、ロジカルなもので、脳で考えてわかることです。しかし、我々が論理的に考えてわかることというのは、非常に狭い世界の認識にすぎません。そのことを、もっと理解すべきだと思います。

それは、科学的にも実証されうるものなのでしょうか。

今年の一月七日、朝日新聞の一面に、「フラクタル構造の立方体の中に、特定の周波数の電磁波が保存される」という記事が出ていました。これは、非常に面白い発見です。フラクタル構造というのは細部と全体が相似形になっている構造で、自然界には溢れています。もしフラクタル構造の立方体に、特定の電磁波が保存されるとすれば、ある種の能力を持っている人はそれを感じ取ることができても不思議ではありません。
 テレビは、電波の届きが悪いと画面が悪くなりますが、それでも全体がきちんと映ります。それは、一点に情報が入っているからです。この、一点にすべてが入っているという電磁波のあり方を考えれば、たとえば人間の六十年間の生き方が、そこに保存されるということもありうるのです。それはまた、受信できる情報になりうる可能性があります。今年、東大の古沢明助教授がテレポーテーションの実験を成功させました。ある画像を別のところに瞬間移動させたのです。ですから、共時的な現象は、おそらく物理的なものに裏付けされているはずです。もちろん目に見えないし、普通には感じ取れないのですが、無い訳ではありません。

目に見えないような世界が、我々の人生にも作用していると?

人間は、論理で自分の人生をコントロールしたいと考えています。因果律から、コントロールという発想がすぐにでてきます。しかし、我々が考えられることというのは、本当に限られたことのみです。共時的な情報は取り込んでいない決め方です。状況は刻一刻と変わっています。そして、私の考え方、感じ方というのも、周りの状況と関連しながら、常に変わっています。それを察知するというのは論理ではないのです。だから、勘を磨くことが、これからは大切な気がします。

実際に、感性を磨くにはどうしたらいいでしょうか。

ロジカルではない脳の使い方をすることです。一番いいのは瞑想です。論理を離れる時間、言葉が浮かんでいない時間、こういう瞑想状態というのは、ある種のアンテナが立ちます。幼い子で、ものすごく勘のいい子がいます。我々には、見えないものが見えたり聞こえたりします。論理的な脳がまだできていないからでしょう。瞑想をすることで、勘がよくなり、人生を誤らなくなります。

2004/10/10 慶應キャンバス 第438号掲載

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