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156人の384冊 愉悦の読書空間

本を読む場所 文殊堂

「”ながら読み”が多いからこそ、本当は他人の目のないこんな場所で好きな本を熟読してみたいのです」

「三春」という美しい名の駅で降りた頃からちらついていた雪が、今は椿の花弁ほどの大きさになって、禅寺の山門をなぶってゆく。堂宇脇の庫裏から飛び出してきた宅急便と入り替わりで玄関を覗くと、作務衣姿の玄侑宗久さんが、ミネラルウォーターの段ボール箱を抱え上げているところだった。
「あ、どうぞ上がってください。さっき法事が終わったばかりでばたばたと……なかで、待っていて下さい」
 お忙しいのだ。当然である。作家の仕事たる作品の執筆や雑誌への寄稿、テレビ収録やインタビュー取材のほかに講演や対談があり、同時に僧侶としての仕事もぎっしりと詰まっている毎日。ゆえに「本を読む時間といえば、法事と法事の間や講演への移動中になってしまう」と、座敷に戻った玄侑さんは苦笑いする。
「だからこそなんですが”いつも読んでいる場所”というより”読みたい場所”としてひとつ、ありまして」
 そういって案内してくださったのは、敷地内に建つ別棟の「文殊堂」。
「地域の学校や公民館や役場としても機能していた、室町時代のお寺をイメージして作った所です。図書館やビデオライブラリーを誰にでも、自由に使ってもらおうと。床暖房だし、静かだし、一度ここで本を読んでみたかった(笑)」
 そこは、12畳ほどの空間。障子を開けると、雪の舞う空が見えた。
「本を読むって、当人の頭の中はクリエイティブなのに、他人から見ると遊んでるみたいで肩身が狭い(笑)。だからこういう隔絶された場所が理想。電話線も抜いてしまいました」
 資料本や献本として送られてくる本は月に数十冊以上。だが、仕事と関係なく自分の為に読むのは「理系の本」なのだと、玄侑さんはいう。
「数学者や物理学者の本を読んでいると安らぎます。俺は今一服しているんだぞ、と思える(笑)」
 微笑んでそう仰るのだが、むろんそれだけではない。そこに描かれた「科学の世界」は常に「仏教の世界」とリンクしているのだ。
「サイエンスは”事象が起こる原理”ではなく”事象を説明する原理”。たとえばこの本に書かれている最新の共時性理論のことを、お釈迦様は既に何千年も前に説いておられるわけです。だから共時性がわからなければ、仏教の真の価値もわからない。同じことなんですよ」
 文理の壁を乗り越えて現象の世界に遊ぶ、豊かなひととき。外は、雪。

愛読書2冊

『SYNC なぜ自然はシンクロしたがるのか』スティーブン・ストロガッツ 早川書房 2310円
「ユングが提唱したシンクロニシティ(同時性、共時性)を非線形科学の第一人者である著者が解明してゆくもの。同期をテーマにしたさまざまな話が面白い」
『新ネットワーク思考 世界のしくみを読み解く』アルバート=ラズロ・バラバシ 日本放送出版協会 1995円
「自然、社会、テクノロジーなど、”バラバラに見える事象はすべて相互連結している”というネットワーク理論を、構造物理学者である著者が分り易く教えてくれる一冊」

2006/12/27 男の隠れ家掲載

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