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アブラクサスの祭(土屋様 38才 兵庫県 男性)

 蜻蛉の羽ばたきがこころの琴線にふれてフト悲しくなるようなことが、私のような鬱状態で薬物治療者の日常によくあります。冒頭に描かれたような状況はなおさらです。読書家としていわせていただければ、芥川賞受賞後の第一作目ということで、作品を造型することに苦悶に苦悶をかさねる玄侑氏の姿が文章からうかんできます。
 コンサート開催を決意する53頁くらいまでは、繊細にして微妙な描写に読者である私も疲れさせられました。(玄侑様の作品は『水の舳先』『中陰の花』と読ませていただきましたが、ここのクダリが最も力が入っていたような気がします)町田町蔵氏のように旋律を基調とする文体に動かず、かといって堀江敏幸氏のように写真をつなげた風景描写でもなく、断片的な生々しい無機的な記憶をフラッシュバックさせる情景が見事で「ああ、こういうことよくあるんだよなあ」と感じ入りました。また、最後に「ナム・アブラクサス」と叫ぶくだりを読んで、ようやく一息つけました。
 これからも素晴らしい作品を拝見させていただきます。お体お気をつけて。

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