3冊の本棚 (執筆:江上剛氏)

玄侑さんの折れない心

 玄侑宗久氏は、芥川賞作家であるとともに福島県三春町にある臨済宗福聚寺(ふくじゅうじ)の住職だ。三春町は樹齢千年以上と言われる滝桜で有名だが、福聚寺の桜も美しい。東日本大震災による原発事故で、いまだに多くの人たちが避難を強いられている福島県で原発と人との関わり合いを考え、発信し続けておられる玄侑氏の作品を読むと「折れない心」を感じることができる。肩に力は入っていないが「柳に雪折れなし」的な強さだ。今回は、折れそうになっている人のために玄侑氏の三冊を取り上げたい。原発事故の処理も進まず、その原因も総括されないまま、原発再稼働が規定路線になりつつある。多くの人は、まるで事故がなかったかのように振る舞っているが、福島県はいまだに苦しんでいる。
①『福島に生きる』(双葉新書・864円)は、地震と津波と原発事故に遭遇した著者の実体験と思いの貴重な記録。「どんなに困難であっても、私たちはこの福島県を、原発事故以前よりもなお美しく豊かな大地として蘇生しなくてはならない。それは強い意志でもあるし、生き残った私たちの使命なのかもしれない」という覚悟が心を打つ。三年を経(へ)て、事故を風化させないためにも読むべきだと思う。玄侑氏の言う「私たち」とは、福島県の人たちだけではなく、日本人全てを指しているのだから。
②『さすらいの仏教語』(中公新書・821円)は、玄侑氏の豊富な知識を共有でき、ふんふん、なるほどと頷(うなず)きながら読み、他人に自慢げに蘊蓄(うんちく)を語る楽しみに溢(あふ)れている。私たちの生活には仏教由来の言葉が息づいている。それは玄侑氏に言わせると言葉の「さすらい」の結果なのだ。例えば「ゴタゴタ」。これはオノマトペ(擬声語)だと思っていたが、なんと仏教由来なのだそうだ。禅の高僧、ゴッタン和尚の禅問答が難しいことから「ゴッタン」が「ゴタゴタ」にさすらったらしい。「どっこいしょ」「うろうろ」なども仏教由来という、信じられない話が満載。私たちは知らず知らずにありがたい言葉を使っているんだなぁ。
 茶席に呼ばれたが、掛け軸の「応無所住而生其心(おうむしょじゅうにしょうごしん)」の意味がさっぱり分からず恥ずかしい思いをしたことある。
③『禅語遊心』(ちくま文庫・734円)には、禅語が季節ごとに分類され、より身近に感じることができる。私のように禅語に不案内な人にはとっておきの好著だ。五月なら「薫風南より来たる」などが紹介されている。いかにも初夏らしい爽やかさだが、この禅語の由来なども解説されていて興味深く読むことができる。
 私が好きなのは「柳は緑、花は紅」。この禅語を思い出すたびに「あるがままの心」でいようと自戒する。もしあなたが社長のスピーチ原稿を書かねばならないとしたら、本書を参考にさりげなく禅語を織り込んだらいい。ちょっと見直されるのではないだろうか。

書籍情報

2014/05/25 中日新聞

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