樸と器について

 裏山の木々の葉が落ちるこの季節になると、『老子』の「樸(あらき)」のことを憶いだす。
 樸とは、何の加工もされていない、素材としての木のことだが、老子はいたくこの樸を絶賛する。たとえば十九章には聖人の在り方として「素を見、樸を抱き、私少なく欲寡(すく)なし」とある。素朴とはもともと素樸のことだ。また二十八章には「樸散ずれば器と為る」ともある。
 樸には総合性があり、それが散ずることで器という専門性が実現する。なにか特定の技能に秀でたりすることを、老子は「散ずる」と表現して否定するのである。この点では、儒教の孔子とも珍しく意見が一致する。『論語』にも、「君子は器ならず」とある。今でいう「個性化」などマッピラゴメンということだろう。器とは、つまり人に使われやすい器用さのことだ。
 裏山の墓地など歩いていると、僧侶という仕事の総合性をあらためて有難いと思う。たぶん僧侶というのは何の専門家でもない。体も頭もまんべんなく使うし、こうして文章を書くのとお経をあげるのでも脳の使い方が違う。修行道場ですることだって、分業化するまえには誰もがしていた日常そのもの。あえて言うなら、僧侶とはたぶん日常生活の専門家なのだろう。
 おそらく、江戸時代の良寛和尚が「人生、身を立つるに懶(ものう)し」と述懐したのも、このことだと思う。庄屋といえども専門職、良寛さんはたぶん人間である以外、何の専門家にもなりたくなかったのだ。それは世間からは「昼あんどん」と呼ばれることだが、それでもいいと、良寛さんは積極的に思ったのではないだろうか。
 墓地の参道を歩いていたら、木々の枝下ろしを頼んだ職人さんたちに出逢った。私はそれまで、樸のような僧侶という在り方を喜びながら歩いていたのだが、はたと、そこで気づいた。
 今や、枝下ろしは誰もができることじゃない。とくに危険な場所の枝下ろしができる業者は限られ、そういう人々は特殊な器として全国を渡り歩いて仕事をしているらしい。思えば墓地だって多くの専門職の手でできる。
 樸は素晴らしい。その考えにゆらぎはないのだが、無数の器の世話になっている現状では、それは誰にも言えず、胸に秘めるしかない。秘すれば強まるこの思い、すでに素樸ではない気がする。 

2005/01/03 湘南朝日掲載

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