魔羅

 思わず眉(まゆ)を顰(ひそ)める方もおありだと思うが、これも仏教語なのだから仕方ない。もともとは僧侶たちだけが使った隠語なのだが、いつのまにか世間に知られてしまった。ばらしたのは誰だ?
 本来は梵語(ぼんご)のマーラだから、善法を妨げ修行をはばむもののこと。殺者、障害、破壊などとも訳される。通常は「魔羅」と音写したものが、単に「魔」と略されることも多い。自分の内側から生じるものが内魔、外からやってくるのが外魔だが、内魔の代表的なものが性欲。その象徴としてのアノモノを「魔羅」と呼んだのである。
 そんなことは知ってたという方も少なくないだろう。ではそういう方のために、もう一つ隠語を紹介してしまおう。「因果骨」というのだが、ご存じだろうか。むろんこれもアレのこと。その心は、アレはときどき骨のように堅くなるわけだが、それがなんとも「因果だなぁ」ということだろう。なんとも身に沁みる隠語である。
 いくら「さすらいの仏教語」とはいえ、「魔羅」なんて知っても何の役にも立たない、と思われるだろうか。どうかそんなに「邪魔」にしないでいただきたい。「邪魔」というのも、本来は修行の妨げを指す同義語なのだ。ところが「魔羅」は、邪魔になったりならなかったりするからかわいいのである。
 お釈迦さまの逸話にもマーラが登場する。たいてい「悪魔」と訳されているが、これも考えようでは内魔が顕在化したものと見ることもできるだろう。思い通りにならないことが悪魔の顔つきで現れるわけだが、悪魔として憎んだとて根本的な解決にはならない。マラが健康のバロメーターでもあるように、魔とは内魔のことだと割り切り、制御することこそ肝要ではないか。
 ところでわが臨済宗(りんざいしゅう)中興の祖とされる白隠禅師(はくいんぜんじ)は、晩年、講座のなかで「内魔動ずるとき、外魔便りを得る」とおっしゃった。ここではおそらく、人知を超えた情報が「魔」と呼ばれている。むろん、内魔もマラのことじゃない。このマラは、そんな神秘とは関係なさそうにくつろいでいる。

2005/02/12 地方新聞各紙

書籍情報



題名
新版 さすらいの仏教語
著者・共著者
出版社
KKロングセラーズ
出版社URL
発売日
2022-12-26
価格
1100円(税別)※価格は刊行時のものです。
ISBN
9784845425020
Cコード
C0295
ページ
204
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