日曜論壇 第7回

同期の不思議

 同期の桜、とは昔から云うが、このところ、科学用語としてもこの「同期」が使われている。
 たとえば心臓の孤独な動きも、約一万個のペースメイカー細胞で保たれている。外から電気仕掛けのペースメイカーを入れることもあるが、もともと心臓には自動的に電圧を変化させる細胞が具わっている。その動きのリズムが同期化するから、不整脈を生じないのである。僅かでも動きに誤差が生じると、たとえば「心房細動」などの病状になる。それが続いたり広がったりすると、生命の危機にもなるのだ。
 ホタルの発光に関しても、じつは同じことが起こるらしい。たとえば十数匹のホタルを捕まえてきて部屋に放すと、最初はまちまちの周期で光っているが次第にリズムを合わせてくる。いったいそれによって何の得があるのかは判らないが、彼らはやがてピタリと同じペースで光るようになるのである。
 ホタル学者の奇人、神田左京は、西日本と東日本のゲンジボタルの発光間隔が倍ほども違うことを発見した。西では2秒おき、東では4秒おきだというのだが、この理由は謎だった。西ではホタルまで「いらち」なのかとも思ったが、この春、板橋区職員の阿部宣男さんがその理由を解明し、茨城大から博士号を受けたという。それはホタルの違いではなく、単に気温の差であるらしい。つまり西のホタルも東へ運んでしばらくすれば、東の仲間に同期するということだろう。
 こうした同期の現象は、今やいろんな分野で研究されている。
 たとえば月は、地球を公転する周期と自ら自転する周期がまったく同じであるため、地球側には常に一面しか見せない珍しい衛星だが、これも偶然ではなく、自ら公転の影響で起こす地球の潮汐作用によって、今度は自転周期をそれに同期しているのだと、宇宙物理学者は云う。また卑近な医学分野では、四六時中行動を共にする女性どうしや仕事の同僚などでは、月経周期が同期してしまうこともあるらしい。
 これらの現象は、起きるのが同時であるため、因果律で検討を加えることができない。科学とはこれまで因果律一辺倒だったから、長いこと偶然と片付けられてきたのである。
 しかしこうした現象を、初めて学問として考えようとしたのが精神分析学者のカール・ユングだった。彼は一九三○年、『易経』のドイツ語訳を成し遂げたリヒャルト・ヴィルヘルムの葬儀の弔辞で初めて「シンクロニシティー(共時性)」という言葉を使った。しかし慎重にも、論文を発表したのはそれから二十二年後、ユング七十五歳のとき。そしてその論文は、さんざんに批判されたのだった。
 思えばお釈迦さまは、すでにこの現象に言及している。「縁起の法」と一般には呼ばれるが、「これ生ずるに依りて、かれ生ず」という因果(仏教では異時という)のほかに「これ有るとき、かれ有り」とする「同時」という世界認識をすでに提出しているのである。
 これはユングの共時性でもあり、今ようやく科学が扱いはじめた「同期」とも同じことだ。
 因果律でできた科学は、この世をコントロールする方向に進んだ。「これ」有るに依りて「かれ」生ずるのだから、かれを生じさせないためにはこれを滅すればいい、という具合だ。
 同期が問題にされることで、この発想に歯止めがかかれば嬉しい。なにも難しいことではない。同期とは、日常我々の云う「ご縁」ができること、コントロールではなく、その不思議を味わう人生を、お釈迦さまも勧めているのである。

2005/06/19 福島民報掲載

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