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この夏、日本をもっと知るための50冊

  • 「危うし!小学校英語」 鳥飼玖美子 文春新書
  • 「無思想の発見」 養老孟司 ちくま新書
  • 「徒然草」 兼好法師 岩波文庫他

「つれづれ」なる時間の重さ


 最近、鳥飼玖美子さんが書かれた『危うし!小学校英語』(文春新書)は、今の日本が進もうとしている危ない道が、英語教育という側面から見事に描かれている。むろん鳥飼さんは、ある程度母語が確立したあと、中学校から英語は学ぶべきだとおっしゃる。私もそう思うが、やはり鳥飼さんのような方に書いていただいてこそ、人は説得されるのだろう。
 そういうわけで、まずは英語ではなく日本語、ということだが、日本語と日本文化に潜む無思想性を、仏教の「無」から炙り出した意欲作が養老先生の『無思想の発見』(ちくま新書)である。英語を学ぶまえに学ぶべき日本語の秘密が、この本には開陳されている。日本という国に、仏教がどれほど奥深くまで浸透しているか、我々は驚かされるのである。思想が「無」いのではなく、それは仏教の「無」という、積極的な思想だったのである。
 こうして危ない方向を回避し、日本文化の根底に横たわる仏教を味わうことが、日本をもっと知るためには必要だと思えるのだが、そのためには、やはり理屈でなく日本の古典をじっくり味わうことが肝要だろう。ここでは仏教者が書いた『徒然草』(兼好法師)をお勧めしておきたい。たいてい中学校でその冒頭を習い、高校で少しは読むものの、この本を大人になってから読み返した人は意外に少ないのではないだろうか。
 しかし、これこそ、大人の日本人のための本である。だいたい現代人は、もう少し「つれづれ」なる時間をもってもいいのではないか……。「つれづれ」はむろんお金にはならないが、日本語と日本人であることの豊かさを、きっと感じるに違いない。いったい何がどうして「あやしうこそものぐるほしけれ」なのか、じっくり味わい、感じていただきたい。

2006/08/17 週刊文春 夏の特大号

タグ: 仏教