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まどさんは、えらい!

 『まど・みちお全詩集』が一冊あると、かなりたくさんのご利益がある。息苦しい部屋に窓が一つあると、風がそよそよしたり、おひさまがきらきらしたり、蝶々がひらひらしたりするようなものだ。
 そこは、子供の頃の世界のようでもあるが、そうではない。幼い頃の純な直観が、ながい旅を経てよりしたたかに結晶しているのだ。
 象さんの鼻がどうしてながいのか、それは極めて素朴な質問なのだが、人はすぐに素朴な答えができなくなってしまう。あれこれ考えてしまうから、「かあさんも ながいのよ」と云われると、しばし呆然とする。その呆然に、そよそよと風がはいりこむのである。
 茶の間に置いておくと、みんながかわるがわる読んでしまう。まるで敬虔なキリスト教徒の家の『聖書』ように。
 しかし『聖書』で笑いは起こらない。まどさんの本はむしろ炬燵か昔の囲炉裏のように、人を温めて笑いを起こす。そして人は笑って少しだけ若がえり、またそれぞれの時間に戻っていくのである。
 『全詩集』を知るまえの我が家では、誰かがおならをすると結構ぴりぴりしたものだった。ところが「おならは えらい」を知ってからというもの、世界は一変したと云えるだろう。おならは挨拶だったのだ。こんにちはでもあり、さようならでもある。その言葉は、天啓のように人々を貫いた。我先に、おならをするわけではないが、してしまうと我先に、「おならは えらい まったく えらい」と大きな声で云う。そして労働のあとのように、さわやかに笑いあう。いつしかそんな素晴らしい家族になっていたのである。
 これを革命と呼ばずして、いったい何が革命だろう。神の恩寵も、仏のご利益もこれほどではあるまい。まどさんは、えらい。まったく、えらい。

2008/10/01 飛ぶ教室

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