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巻頭リレーエッセイ

体に相談

 このところ、長編小説を書きだし、同時に剣道の素振りを始めた。
 最初は十回、翌日は二十回と毎日十回ずつ増やしていったのだが、あるとき仲間の和尚で合気道をしている人から、「筋肉をつけたいなら、毎日よりも一日おきのほうが効果的ですよ」と言われた。
 そういうものかと、百数十回のときから一日おきに十回増しで続けた。すると、筋肉云々よりも何よりぐっと気が楽になった。毎日というと、なんとも云えない義務感が先行するのだが、一日おきだとそれがふっと薄れる。場合によっては、素振りをしたのは昨日だったか一昨日だったかも忘れ、時に二日空いたりもするのだが、そのいい加減さがまた悪くないのだった。一日おきにしてからのほうが遙かに楽しくできるのが嬉しかった。
 しかしそうこうするうちに、回数は三百回を超えてきた。小説もほぼ半ばまで進み、佳境に入ってきた。ところがその頃から肩口や肩押骨の周囲に凝りを感じ、苦しくなってきたので、整体に行ってみた。すると「素振りのしすぎじゃないですか」と言われた。
 私とすれば、高校生の頃は千回の素振りをしてから防具をつけていた、という思いがある。三百回くらいはまだ序の口、と思っていたからショックだった。しかし整体の先生が云うには、「二日に十回増えたのでは、筋肉づくりが間に合わないのでしょう」ということだった。
 一気に二百回まで戻したらなるほど調子がいい。しかも今度は毎日二百回にした。これは一度三百回を超えただけに余裕がある。
 思えば千回というのは過去の栄光のようなものだ。それを目指す気持ちのどこかに、多大なストレスも潜んでいたのだろう。
 小説は、体力がなくては書けない。それは本当にそう思う。しかし五十を過ぎてからの体力作りはよくよく体に相談しながら進めなければいけないようだ。

2009/07/01 月刊武道

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