今回の震災で負った心の傷を緩和するために、どういうことばが適切か。政府や多くの企業が選んだことばは、「がんばれ」だった。崩れたものをどうにか元の形に戻し、全身から抜けた力を集めるためには、確かに、震災直後は有効だったかもしれない。だが、3ヵ月を経た現在では、空しく響くだけである。何をがんばればいいのか…。
福島県内の避難所に行くと、「明日が見えない」「子どもの声を聞きたい」「どこで死ねばいいの」という悲痛な声を耳にする。報道番組が流すポジティブな映像は部分的であり、現実は日を追うごとに深刻である。ある日ベルリン・オペラ・オーケストラのメンバーが被災地を訪れ、バイオリンを弾いてくれた。通常の感覚で聞けば、全身が震えるほどの世界最高峰の演奏だろう。だが、その見事な演奏を前にしても、俯いたまま顔を起こさない人がいる。心に受けた傷は根深い。とても「がんばれ」と声を掛けられる状態ではなかった。もちろん、被害に遭わなかった人たちも、生き方の大きな転換を迫られた災難であり、被災者のみならず自身をも鼓舞しているのであろう。だが、「がんばる」にも限界がある。たとえば再び起こるかもしれない津波に対して。今回の津波はゆうに30メートルを超えた。防潮堤を再建するには時間も労力もかかるし、そもそも完全に防ぐのは不可能なのだ。だから、「がんばれ」に続く、現実に根ざしたことばのフォローがなければ、どうしようもない。いつまでがんばらせるつもりだろうか。原発問題が収束しない限り、戻れるあてはないというのに。
5月の福島県の自殺者数は68人にのぼった。私は3・11以降、福聚寺で5人の自殺者を供養した。このようなことは未だかつて経験したことがない。人は、明日が全く見えないと、生きてはいけないのだ。
厚生労働省の研究班は、福島県内の母親7人の母乳から、微量の放射性物質(セシウム)が検出されたと発表した。専門家は「乳児が飲み続けても健康の影響は全くない」というが、果たしてこれを信じていいのかと県内の母親たちの間に疑心暗鬼が広がっている。
また新たにホット・スポットの見つかった伊達市では、約8千人の子どもたち全てに線量計を持たせる決定をした。今、福島県の子どもたちは、約1万人が県外に避難し、休校の学校は23校にのぼる。そのうえ残った子どもたちや親も、日々被曝の不安に汲々としているのである。校庭の表土問題をはじめ、福島県内には今、国の示す安全基準が信じられないという強い思いが蔓延している。そしてこのような現象の根底に、実は20キロメートル県内の牛の殺処分が深く関わっているのである。内部被曝しているかもしれないから、生かしてはおけない、とするなら、内部被曝しているかもしれない人間はどうなのか。殊に新たにホット・スポットとされた地域の人々は、自分のつくった野菜を、出荷はしないまでも家族で食べてきた。路上に降った放射性物質を吸い込んだ可能性だって大きい。大袈裟に言えば、内部被曝の危険性は、牛同様なのである。「大丈夫」と言いながら被曝を放置し、この国は真綿で首を絞めるように福島県民を見放すのではないか。そんなことさえ口にする人もいるのが現状である。
また、各地で福島県人に対する差別的行為が頻発している。ガソリンスタンドや宿泊施設でも「福島県の方はご遠慮下さい」という札が立てられ、福島から他県に移住した子どもは「ホーシャノーが来た」などと虐められる。中学生の女の子たちは「私たちって、もう東京の人なんかとは結婚できないんだよね」なんて言っている。公の場でいくら「そんなことはない」「影響はない」と言っても、牛は殺さなければならず、殺したら放射性廃棄物として扱われるという事実が、非常に強くそのことばを裏切っているのである。
今回ほどことばの情報価値が崩落したことはない。「実は2ヵ月前にメルトダウンしていました」「直ちに影響を与えるわけではない」という東京電力や原子力安全・保安院のアナウンスには、あきれて言葉を失ってしまう。明らかに企業の論理である利益追求、自己保身の姿勢を拭えていない。これでは、テレビの前の視聴者も「どうせ、また」ときちんと聞く耳を持たなくなってしまう。「どうせ、また」。人との繋がりや関係性の中でも最悪なことばだろう。ここまで失われてきた信頼の回復は不可能と思ったほうがいい。
自然とは、怖ろしい敵のように見えながら、恵みを与えてくれる神として祀られる。人は畏怖を忘れてはならない。畏怖によって神への敬意も保たれる、この国はそういう文化的な土壌なのである。崇めるために祀るわけだから、牙を剥き出してきたからといって、まるで戦いを応援するように「がんばれ」と言うだけでは仕方ない。海はもう穏やかな顔を取り戻した。懐かしい母なる海。すべてを恵んでくれる海。今はもう自然の中に脱力して佇む時期に来ている。しばらくは沈黙が深くあるべきだと思う。
大きな犠牲を払い、この震災で大きな教訓も得た。「日本は地震の国である」という意識を深く持たなければならない。増田勝実さんの著書に『火山列島の思想』(筑摩書房)がある。そこには、祖先がどのような意識で火山列島に生きたか、火山をきちんと扱える日本的固有神【大穴牟遅(おおあなむぢ)】がこの国を作ったと綴られている。古代の日本人は、山、川、動物、植物などの自然物、火、雨、風、雷などの自然現象の中に神がいると考えていた。東北人はよく知っている。天災は、農業や漁業にとって当たり前のことで、海が荒れれば船は出せない。大雨が降れば畑にも出られない。がんばって天に対抗しようとは露ほども思わないのだ。
震災から百箇日が過ぎた。百箇日は卒哭忌(そっこくき)ともいう。「卒」は終わる、「哭」は声をあげて泣きさけぶ。故人を思い、泣き悲しむのをやめる頃。私はようやく本を読めるようになった。吉村昭さんの著書を読んで、正気を取り戻せたような気がする。それから鴨長明の『方丈記』は本当に染み入った。「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず-」まともに深く通読したのはもう20年前に遡る。改めて構成の素晴らしさに酔い、深く感銘した。
震災後のコミュニケーションはどうあるべきか。私はさまざまな場所で、「言中有響(げんちゅうにひびきあり)」ということばを記している。全身が響くようなことば、心から思うことばしか言わない方がいい。とくにいまは、指導的立場の人、大きな力を持つ人にはそうあってほしい。
2011/07/01 宣伝会議