十月一日、今年のノーベル生理学・医学賞に、本庶佑(ほんじょたすく)先生の受賞が決まった。先生の最大の功績は、おそらく「がん免疫療法」に道を拓(ひら)いたことだと思うが、これはじつに画期的なことである。
がんといえば、今でも「死病」というイメージが強いことは確かだが、じつはここ十年ほどの医薬の進歩は著しい。
まずは分子標的薬の登場で、特定のがんのみに効く治療薬が現れた。たとえば慢性骨髄性白血病に効く「グリベック」、あるいは特定遺伝子をもつ進行性の肺がんだけに効く「イレッサ」など。「イレッサ」の登場では、進行性肺がんの四分の一ちかくの予後が二~三倍に延びたと言われる。
もう一つが今回話題になっている「免疫療法」だが、これは免疫についての根本的な認識の変化に依(よ)っている。免疫といえば、自己を守るため、異物を攻撃・排除する組織だが、じつは自己までやっつけるほど絶大なパワーを持っており、普段はそのパワーが川の流れを堰き止める堰(せき)のような「免疫チェックポイント」によって抑制されているというのである。
本庶先生が発見したのはこの「免疫チェックポイント」の一つである「PD-1」で、それならこのチェックポイントを外し(あるいは塞(ふさ)ぎ)、免疫細胞が本来もつ絶大な力でがん細胞をやっつけようということになった。「免疫チェックポイント阻害剤」と言われる薬「オプジーボ」が生まれた所以(ゆえん)である。
オプジーボは当初悪性黒色腫(メラノーマ)の治療薬として開発されたため、適用患者数がごく少数で、薬価がベラボーに高かった。しかしその後、肺がんの扁平(へんぺい)上皮がん、胃がんにも有効なのがわかってきて、薬価が三度改定され、しかも保険が適用になった。ただそれでも三千万円以上したものが一千万円程度に下がったという話だし、保険適用後の個人負担も百万円と高すぎる。私は以前からこの薬の価格改善を訴えてきたが、本庶先生のノーベル賞受賞でもっともっと現実的になることを切に願う。
今後のもう一つの問題は、「偽増悪(ぎぞうあく)」だろう。これはオプジーボに限ったことではないのだが、特に新しい薬には使うと一旦(いったん)症状が悪化するものがある。非常にややこしいのだが、一旦悪くなって、それから持ち直して効いたりするから、薬が本当にその患者に合っているかどうか、専門医でも判断が難しいのである。
漢方では「好転反応」と言うが、一旦悪くなったのはまもなく好(よ)くなる前兆だという見方は確かにある。しかしそうだと信じ、使い続けるうちにどんどん悪くなったというケースも最近は多いらしい。
医薬品の進歩はありがたいことだが、進歩することで生まれる新たな問題もじつに悩ましい。
2018/10/14 福島民報