巻頭エセー 落語と私 私と落語

可笑しな修業

 以前立川志の輔師匠との対談本『風流らくご問答』(文春文庫)が出たあとに、紀尾井ホールでの舞台にゲストとして招かれたことがある。笑いたくてきている客の前だから、異様に緊張し、僅かな時間のトークだったがお役にも立てなかったことを苦く記憶している。しかしその自分の恥より、もっと忘れられないのが控え室での鮮烈な光景だったのである。
 控え室は、ある落語家と同室だった。初めて見る顔だったし、お互い初対面の挨拶を交わし、少しは話をしたと思う。しかししばらくすると私は原稿を読み直し、それぞれが壁に向かって独りの時間を過ごしはじめた。鏡の多い部屋だったが、ふと気づくとその落語家は、鏡の中で凄い顔で睨んでいたのである。
 怒っているのか悲しいのか、表情がめまぐるしく変わってよく分からない。そのうち大きく口を開けて声もなく笑い、次は声も出さず泣き顔になった。ははぁ、これは舞台前の表情のトレーニングらしいとは気づいたが、迫真の表情であるためなかなか目が離せない。
 見ていると大きな目の周囲の筋肉がじつによく動き、表情の変わるスピードも上がっていく。まるで百面相で、私には次々別な人が現れてくるとさえ思えた。トレーニングはなかなか止まず、なるほど噺家というのはこういう修業もするものか、とは思ったが、その後確かめる機会はなく、噺家すべてがするものかどうかは不明である。
 私のトークがうまくいかなかったのは、そのせいだと言うつもりは毛頭ないが、説明もなく同室で始まった百面相に相当驚き、不安さえ感じたのは確かである。
 このときの若い落語家は、その後『笑点』の大喜利でも大活躍。高座でもTVでも引っ張りだこの林家たい平師匠である。画才もあって俳号までもつ、武蔵野美術大学造形学部卒の変わり種だが、私はTVで師匠を見かけるたびにこのときの光景を憶いだす。そしていつも切れのいい表情の変化が、今もあの可笑しな修業に支えられているのだろうかと、笑い半分、怖さ半分で思い返すのである。

2020/09/28 東京かわら版

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